★樋口明雄『南アルプス山岳救助隊K-9 それぞれの山』徳間文庫

 樋口明雄南アルプス山岳救助隊K-9 それぞれの山』徳間文庫を読了。


 かつて北岳で事件に遭遇したトラウマを克服すべく再び北岳にやってきたアイドル歌手と、すでに頂点を過ぎてしまったベテラン大衆小説作家が、ひょんなことから一緒に北岳の頂上をめざすことになる「リタイア」、ひとり息子が北岳で亡くなったことから山岳救助隊を逆恨みした父親のとった行動を描く「孤高の果て」の中編2篇を収録。
 この長さが実にほどよくて、心地よく読み終えてしまう。スケールの大きな事件を描くにはそれなりの長さが必要になるけれど、同じ舞台、同じメンバーで毎度毎度スケールの大きな事件に巻き込まれるというのもおかしなものなので、このシリーズにはこれぐらいの事件がいいのではないだろうか。このテイストでコンスタントに読ませてくれれば、こんなにしあわせなことはない(もちろん、油断したところにドンとスケールのでかい作品がとびこんできてくれれば、さらに喜び倍増となるのだけれど)。本当に文句なしの良質のエンターテインメントなので、正直、徳間文庫の看板シリーズになってもいいくらいだと思っている。頑張れ、徳間文庫の担当者!
 「リタイヤ」でちょっといいなと思ったのは、アイドルが山小屋の食堂で食事をしている時に、まわりが彼女に気づきはじめて視線が集まったところで、さりげなく山小屋のスタッフが「一緒のテーブルで食事してもいいですか」とやってくるシーン。なんてことのないシーンなのだけれど、こういう気遣いをさらっとかける小説家は信用してもいいと思うぞ。
 「孤高の果て」の方はオールスターキャストが嬉しい作品だ。いつもの南アルプス山岳救助隊のメンバーだけではなく、阿佐ヶ谷署の大柴、真鍋のコンビが登場し、さらにはWLP(野生鳥獣保全管理センター)も登場してくるのである。これは嬉しい。野生鳥獣保全管理センターの七倉を主人公とするシリーズは『約束の地』『許されざるもの』の2冊で中断しているものの、この2冊は本当に夢中になって読んでしまった作品なのだ。まだまだ続篇を読みたいシリーズなのである。そして、ラストのお約束のセリフで泣けてしまう。いや、そこでそのセリフを投入するって、ずるいぞ。

 というわけで、またしてもあっという間に読み終えてしまった。読み終えるなり、次が待ち遠しくてしかたがない。