【読書】増田俊也『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』角川書店

 増田俊也『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』角川書店を読了。
 旧帝大7校で行われている七帝柔道というのは、講道館柔道とは異なるルールのもと、寝技中心で争われる柔道のことである。著者は、この七帝柔道のみを目的に北海道大学に入り、ひたすら過酷な柔道漬けの日々を送っていた。本書は、その日々を小説として描いた三部作の第二部となる。
 七帝柔道では、年に1度開催される七帝戦で勝つことを目標に、ひたすらひたすら厳しい練習を繰り返す。ちょうど北海道大学が七帝戦での最下位が続いており、なんとしてでも最下位脱出をするために、どんどんどんどん練習が厳しくなっていってしまう。この練習の描写が壮絶で、なんでこんな厳しい練習に耐えられるのかと、軟弱者の自分はその描写だけでひるんでしまう。しかも、この練習の過程で部員たちは体中いたるところを壊していく。特に主人公は膝関節を壊してしまい、さらには胸筋の肉離れもおこしてしまう。それでも無理して練習を続け、どうにもならなくなって手術を受けるのだけれど、そのリハビリで無理をしてまた胸筋の肉離れを再発させてしまう。退院して練習に復帰すれば、また膝を腫らせて無理に無理をかさねる。
 クライマックス七帝戦、15人対15人の勝ち残りでおこなわれる試合の描写が実に熱く、圧倒される。
 このあと、第三部があるのだけれど、ちょっと間を空けよう。あまりにも壮絶すぎて、読んでいるこちらが疲れてしまうのだ。

【映画】黒帯有情 花と嵐

 U-NEXTにて1956年の日活映画『黒帯有情 花と嵐』を観る。
 「明治三十三年。新興の気漲る日本と歩を同じくして講道館柔道は怒濤の勢いで全国を風靡して行った。だが ─ 日本古来の柔術が滅びてしまったのではない。古武道柔術の最後の牙城として新興講道館を一歩も寄せつけぬ場所が只一つあった。ここ……九州。」というテロップが出て、一気に気持ちが盛り上がる。普通は講道館が主人公となるのだけれど、これはその講道館を一歩も寄せつけなかった九州の柔術界が主人公なのか?!
 岡田道場では、いままさに「講道館打倒」のための九州柔術界を代表する選手を選出するための決勝戦が戦われていた。対するは、檀駿介(葉山良二)と海棠龍三郎(水島道太郎)。だが、勝つために手段を選ばぬ海棠が禁じ手「活殺必倒流斬月落し」を使ったために、審判の河井は駿介を勝者として東京に送り出すことになる。
 東京に出た駿介は、講道館の安濃利五郎(滝沢修)を待ち伏せて勝負を挑むが、あっさり投げ飛ばされてしまう。わけのわからないうちに負けてしまった駿介は、おのれの未熟さを思い知らされ、講道館に入門する。一方、駿介を追って東京に出てきた海棠は、裏切り者として駿介に襲いかかるが、通りかかった中国唐手の使い手である女性・陳香桃(利根はる恵)に勝負の邪魔をされ、さらには陳香桃にあっさりと叩きのめされてしまう。中国唐手の凄さを知った海棠は、中国唐手を学ぶために、陳香桃とともに中国に渡る。
 講道館でめきめきと腕をあげていく駿介。だがある時、世話になっている高利貸し大黒屋に押しかけてきたヤクザと争いになったことで、安濃利五郎は駿介を九州に帰らせることにする。九州にいる駿介の想い人である恵子(芦川いづみ)が失明の危機にあり、完全に目が見えなくなる前に駿介に会わせるための利五郎の計らいであり、さらには九州に講道館分場を設立するためでもあった。
 九州に戻った駿介を裏切り者として、柔術諸派から果たし状が送られてくる。さらには、その決闘の場に中国唐手を学んだ海棠が現れるのだった……。
 いやあ、ここまで面白いとは予想だにしていなかった。冒頭のテロップで、てっきり柔術界を代表する主人公と講道館とが雌雄を決する物語と思って、講道館が主人公側でないのは実に珍しいと思ったら、やっぱり講道館の方が主人公になるという展開で「ちっ、やっぱりそうか」などと思ったけれど、講道館における本格的な修業の場面があったり、中国唐手が登場してきたりと、なかなか波瀾万丈の展開なのである。明治33年の東京の風景もなかなか魅力的で、大黒屋の娘(東谷暎子)が振袖と袴で自転車に乗って颯爽と登場してくるシーンなんて、まさに「はいからさんが通る」そのもの。そして、芦川いづみが美しい。
 脚本を書いたのは、生涯に映画脚本を約170本書いたという松浦健郎。この松浦健郎には、『講道館四天王』『黒帯三国志』『残月講道館』『嵐の講道館』『柔道一代』『雲を呼ぶ講道館』『若き日の講道館』といった作品があり、実に気になる。

【映画】カルキ 2898-AD

 インド映画『カルキ 2898-AD』を観る。
 インド映画としては珍しく西暦2898年を舞台にしたSF大作である。だけど、インド神話と未来SFとが融合したために、いささか設定がわかりにくい。ベースとなっているのは「マハーバーラタ」とのことだけれど、この「マハーバーラタ」については名前を知っているだけで、中身についてはまったく知らないので、どうしても「はて?」と首をかしげることに。
 未来世界の設定もよくわからない。独裁者スプリーム・ヤスキンによって支配される荒廃した世界。空にそびえる巨大要塞「コンプレックス」。この「コンプレックス」に妊娠可能な女性をさらってきては、人工的に受胎させて、胎児のエキスを抽出しようとしているという、なんともえげつない設定なのだけれど、この時代、女性はほとんど妊娠して出産するということができないでいるの? それにしては、子どももいたりするけれど。
 そして、スターウォーズを思わせるガジェットの数々。独裁政権打倒を悲願とする反乱軍と、それを追い詰める独裁軍の兵士達という図式も、スターウォーズを想起させる。さらには、マッドマックスを思わせる砂漠地帯での派手なバトルと、いささかの残念さも拭いがたい。おかげで、本格的なバトルが始まる前の前半部分はやや退屈で冗長と感じてしまう。
 が、神々レベルの超絶バトルが始まると、やはりインド映画は半端ない。そこまでやるかという予想のはるか上をいく迫力あるバトルシーンの数々は、迫力たっぷりだ。まあ、なんでもありだね。
 主役のバイラヴァ演じるのは、『バーフバリ』のプラバース。どんな人間ばなれした闘いをしても、納得させられてしまう。6000年生き続けている不死身の戦士アシュヴァッターマンを演じているのはインド映画界の伝説的な名優、アミターブ・バッチャン。身長2.5メートルの巨人という設定なので、撮影はさぞかし大変だったのではないだろうか。そして、運命の子どもを宿した女性、スマティを演じているのは我が愛しのディーピカー・パードゥコーンだ。相変わらずお美しく、ポッテリした唇がなんとも魅力的だぞ。
 という作品だったのだけれど、実は完結していない。続篇に続くのである。すでに1作目の時点でパート2の撮影もだいぶ進んでいたらしいのだけれど、本格的な撮影はこれからで、公開はおそらく2027年後半から2028年になるだろうとのこと。その時点ですっかりパート1の内容を忘れているのではと不安になってくるのだけれど、また見直すのもしんどいなあ。

【読書】平井和正『新幻魔大戦』徳間文庫

 平井和正『新幻魔大戦』徳間文庫を読了。
 「幻魔大戦」は、角川文庫版の『幻魔大戦』全20巻を読んでうんざりしてしまい、『新幻魔大戦』も『真幻魔大戦』も読む気になれないでいた。角川文庫版『幻魔大戦』は、ただただズルズルと長いだけで、話はぜんぜん展開せず、まったく面白くもなく、ひたすら読むのが苦痛だった。かつて平井和正は「爪で岩に文字を彫る」と言われるほど濃密な文章が魅力であったのに、あるときから「小説は長くてもかまわないのだ」と自ら語るようになり、やたらと長いシリーズを量産するようになったために、自分は平井和正を見限ったのだった。
 ところが先日、SNSで平井和正の話題が出たときに「『新幻魔大戦』は面白いんだよ」と複数の知人から勧められ、それならばとさっそく読んでみた次第。
 なるほど、これは量産するようになる前の平井和正の魅力が詰まった作品であった。ベースになっているのは、SFマガジンに石ノ森章太郎と組んで連載をしていた「新幻魔大戦」であるが、それをきっちり小説として書き上げたものと言えばいいのだろうか。
 「幻魔」の攻撃によって地球人類は滅亡寸前に陥っていた。生き延びた人類はわずかなエスパーのみ。そこへ、江戸時代から時間を超えて時間跳躍能力を持つお蝶という若い女性が現れる。エスパー集団を率いるベアトリス女王は、地獄のような1999年のエドを生き延びた千波とお蝶の精神を接合し、お時という新たな人格として過去へと送り込む。そこで、より強力な超能力を持つ人類を生み出し、幻魔の襲来に備えるために。たとえ、それで救われるのが、自分の存在するのとは別の平行世界の地球であるとしても。
 なかなか壮大な設定の物語である。そして、この壮大な物語が1冊で終わるわけもなく、「まだまだこれから!」というところで終わってしまっている。そして、2巻はとうとう書かれずに終わっている。もしかしたら、これがよかったのかもしれない。これが延々と続きが書かれていたら、角川文庫版『幻魔大戦』どうように、うんざりさせられていたのかもしれない。この1冊に、この壮大な物語のエッセンスがギュッと濃縮されているからこそ、平井和正の魅力が詰まった作品に仕上がっていたのではないだろうか。
 自分の好きな平井和正の作品のひとつに『悪霊の女王』という作品があるのだけれど、これも1巻だけ出て続きは書かれないままにおわっている。きっと、続きが書かれたならば、どんどん密度が薄まっていたことだろう。
 巻末に「あとがき」「別のあとがき」「自筆年譜」が収録されているが、この「自筆年譜」がなかなか面白い。「神がかり」となったことを批判されているとか、『悪霊の女王』の2巻を書こうとすると凶事怪異が多発するとか、そんなことがあれこれ書き込まれている。
 なお、SFマガジンに連載された平井和正と石ノ森章太郎がタッグを組んだ「新幻魔大戦」は、復刊ドットコムより上下巻で刊行されているのだけれど、お値段が上下税込みで13,200円。さすがに、気軽に手を出せる金額ではないよなあ。一方、秋田文庫からも出ているようだけれど、文庫サイズで読むのはさすがにきつそうだ。

【読書】ネビル・シュート『操縦士』高山書院

 ネビル・シュート『操縦士』高山書院を読了。
 パリからローマに向かう長距離列車の中で、精神科医の私は30代半ばのドナルド・ロスという名前の男性と知り合い、旅のつれづれに不思議な夢の絡む話を聞かされるのだった。それはロスが若い頃、老考古学者に雇われて、イギリスからアイスランドを経由してグリーンランドへと、考古学研究のための飛行をした時の物語であった。
 という導入から、腕はよいが失業中であったスコットランド人の若い操縦士のロスが、老考古学者に雇われて、考古学者の気の強い娘のアリックスを含めた3人で繰り広げる、多大なる困難を伴った空の旅の物語がじっくりと語られることになる。
 『渚にて』で知られるネビル・シュートによって1940年に書かれた作品である。翌1941年に高山書院というところから福島昌夫訳で刊行されたのが本書。時節を反映してからか、訳者前書きでは「讀んでいる裡に飛行機及び操縦に關する基礎的な知識が不知不識の間に窺える」「原作者は今、我盟邦の敵手として何を爲してゐるか判らないが、本書の如き著述を世に出して日常航空知識の普及、航空への一般人士の關心を昂めてゐた點は、他山の石とせねばならぬ」「「航空」への理解こそ高度國防國家建設に邁進する我々の看過し能はざる當面の題目の一である」などと翻訳した理由を語っている。ロマンチックな側面を持つ本作を訳し出版するにあたっての、建前としての「言い訳」のようにも思えるのだが。
 それはともかくとして、なんとも不思議な小説だ。基本的には、危険をともなう北極圏への飛行と、そこで困難にぶつかる3人の男女の物語である。最初のうちはロスに反発していたアリックスが、次第にロスに好意を持つようになる様子なども、丁寧に描かれている。ところが、目的達成のために、常に神経を尖らせ続けたパイロットが眠れなくなり、強い睡眠薬を常用するうちに昏睡状態に落ち入り、そこで長々とバイキングの奴隷となった男女の夢を見る。その夢の中の奴隷の物語が、一章を費やして描かれる。なんだこれは?と思って読み続けると、帰路の飛行中、その夢で見た土地に辿り着き......。
 なんと、夢と現実がリンクし、それが過去と現在のロマンスに結びつくという、なんとも不思議な小説へと変貌してしまうのだ。それまでは、ひたすらリアルな航空小説であったのに。しかも、この唐突なファンタスティックな展開に、いささかの違和感もないのである。
 たしか、同じ著者の『失われた虹とバラと』でも、同様の展開が待ち受けていたのではなかったろうか。読んだのは随分と前で、うろ覚えではあるのだけれど、普通の航空小説と思って読んでいたら、いつのまにか幻想的な展開が待ち構えていてびっくりしたような憶えがある。
 本書は随分前に手に入れていて、いつか読もうと思いつつ、ついつい後回しになっていたのだけれど、こうしてようやく読むことができた。まさに名作というべき作品で、読むことができてよかった。憑き物がひとつ落ちた気分でもある。
 自分の部屋には、そういう本が山のように埋もれているのだけれど、いつまでも生きているわけでもないのだから、こうやって読んでいかなければならないなと、痛感した次第。

【映画】びっくり武士道

 萩本欽一主演の時代的『びっくり武士道』を観る。
 福井藩随一の臆病者として知られた双子六兵衛(萩本欽一)。あるとき、武芸の達人である仁藤昂軒(坂上二郎)が殿の小姓(ピーター)を斬って逃亡し、汚名返上のためにその上意討ちに志願する。だが、武芸の達人の昂軒を相手に正面から挑んでも返り討ちにあうのは間違いのないところ。そこで、臆病者ならではの作戦を思いつくのだが……。
 山本周五郎の長編時代小説『ひとごろし』の映画化で、監督は野村芳太郎。脚本には加藤泰も名を連ね、音楽は冨田勲。
 岡崎友紀、森田健作、榊原るみ、宍戸錠、嵐寛寿郎、田中邦衛、ピーター、フォーリーブスなどなど、正月映画らしい豪華なゲストがズラリと顔を揃えている。
 萩本欽一、坂上二郎という顔ぶれながら、あまりおちゃらけたコメディにはならず、ふたりともけっこうしっかりと芝居をしている。そして、超絶臆病者の萩本欽一、豪快無双の坂上二郎という役回りが実にみごとにはまっている。まさに、このふたりのために書かれた原作であるかのようなはまりかただ。
 しかし、正月映画らしい明朗で痛快な映画かというと、決してそうでもない。追い詰められた坂上二郎の迫真の演技を観てしまうと、「ああ、楽しかった」という感想にはならないのでは。

 

【映画】アナコンダ vs. 殺人クロコダイル

 無性にくだらない映画が観たくなり、そういう時はワニかヘビかサメだよなってことで『アナコンダ vs. 殺人クロコダイル』なる映画を観る。
 遺伝子操作によって凶暴化したクロコダイルと巨大なアナコンダを交配することで不死の妙薬を作り出そうとする製薬会社。だが、事故でクロコダイルもアナコンダも逃げ出し、湖に来ていた女子大学生のグループに襲いかかるのだった。
 期待通りのおバカ映画ではあったけれど、それなりに楽しめた。なにしろ、どうしようもないクズ女が2人も出てくる大サービス。この2人のキャラは、なかなかないレベルのゲスっぷりで、真っ当な映画を楽しもうとして観たならめちゃくちゃイライラしたことだろう。でも、今回は、そういうのをコミで楽しむつもりで見ていたので無問題。
 最後まで、たっぷりと楽しませていただきました。
 ちなみに本作、『U.M.A レイク・プラシッド』シリーズの第5弾にあたる作品で、しかも『アナコンダ』シリーズの第5弾でもあるとのこと。なんか、すごいな。