【映画】アビゲイル

 Netflixでアメリカのホラー映画『アビゲイル』を観る。
 お互いの正体を知らずにかき集められた犯罪者たち。身代金目当てで富豪の娘、アビゲイルを誘拐するのだが、なぜか少女を連れ込んだ郊外の豪邸に閉じ込められてしまう。そして、その館の中で血まみれの惨劇が始まる。実は少女の正体は……。
 いやはや、とんでもない映画だった。ネットの紹介記事ではたいてい少女の正体をバラしてしまっているし、予告篇でもすっかりネタをばらしているので、この映画を観ようという人のほとんどはその正体を知っているのだろうけれど、それでも敢えてここでは書かない。ポスターにもはっきり書いてあったけれど、ここに掲載したポスターはしっかり加工してその正体は隠した。知らない人は、知らないままこの映画を観て驚愕するべきなのだ。知っていたとしても、こんなとんでもない展開になるとは思わず、やはり驚愕することだろう。
 いやあ、凄かった。実に面白かった。このジャンルで、この展開とは。まだまだ新しいアプローチの仕方があるもんだなあ。ホラー映画が好きだったら必見と言い切ってしまおう。

【映画】香港、華麗なるオフィス・ライフ

 香港・中国合作映画『香港、華麗なるオフィス・ライフ』を観る。
 シルビア・チャンが制作・脚本・主演、ジョニー・トゥが監督、そして共演がチョウ・ユンファで、音楽が羅大佑(ルオ・ダーヨウ)とくれば、期待しない方がどうかしている。だけど、これがみごとに自分にはまったくピンと来ない映画で、118分がやたらと長く感じてしまった。
 「株式公開を控えた大企業を舞台に、社長から新入社員まで様々な立場にいる人々の欲望と愛憎にまみれた人間模様を描き出す。」ということになっているけれど、ストーリーはあってなきがごとし。24歳の新入社員・李想を中心において、社長のシルビア・チャンにふりまわされる会社人間たちの右往左往を描くが、そのシルビア・チャンも会長のチョウ・ユンファの手のひらの上で転がされている。登場人物がやたらと多く、はっきりしたストーリーもないので、途中でどうでもよくなってしまう。しかも、ミュージカル仕立てなのである。これまたたいして効果をあげていないのだけれど。
 注目はウォン・カーウァイ作品で知られる美術監督ウィリアム・チャンが手がけたセット。いかにも作り物めいた近未来的な雰囲気のオフィスなどが独特の雰囲気を醸し出している。ここにけっこうお金がかかっているのではないだろうか。
 もともとは舞台劇だったものを映画化したらしいのだけれど、いったいどういう舞台だったのだろう? わざわざ映画化したのだから、舞台の方は面白かったのかなあ。

【ドラマ】アンダーカバーハイスクール

 韓国ドラマ「アンダーカバーハイスクール」全12話を見終える。
 ある名門私立高校に隠された高宗皇帝から奪われた8,000億ウォンの金塊。それを見つけて国家に返還するために、国家情報院のチョン・ヘソン(ソ・ガンジュン)は高校生として学園に潜入することになる。作戦名は「アンダーカバーハイスクール」。
 同じくクラスになった怪談マニアのいじめられっ子と仲良くなって金塊探しに乗り出すヘソンだったが、担任のオ・スア(チン・ギジュ)からは怪しまれるし、国家情報院の上層部からは目立つことをすれば解任すると脅されているし、さらにはおのれの野望のために金塊を探している学園理事長がことごとくヘソンの前に立ちふさがるのだった。
 前半はどちらかというと学園ドラマといったおもむきで楽しかったのだけれど、途中からは野望むきだしで金塊を探す学園理事長との命がけの闘争のドラマへと変貌していく。この学園理事長のキャラがめちゃくちゃ強烈で、野望に忠実なおのれこそが正義で、自分に役立たない人間など虫けらと断言してはばからないキャラなのである。なんで学園理事長ごときがそこまで力を持っているんだ?と不思議になるぐらいの権力を持ち、ヘソンの属する国家情報院すら自由に操ってしまう。
 最初のうちは学園ドラマが楽しくてよかったので、金塊をめぐる血なまぐさい展開なんてなくてもいいのにとか思っていたのだけれど、この学園理事長の存在に圧倒されて、だんだん金塊をめぐる争いからも目が離せなくなってしまう。本当にこの学園理事長のキャラクターが凄すぎて、彼女の存在でドラマのテンションが何段階も上がってしまっている。
 一方で、コミカルな展開も多く、とりわけヘソンとチームを構成する国家情報院のメンバーのポンコツぶりが、ともすれば重くなりそうな場面にコミカルな味を添えている。
 ヘソンの担任教師となったオ・スアを演じるチン・ギジュもなかなかの好演で、いい味を出している。なにしろ、最初のうちはヘソンを高校生と思っているのに、その高校生になんで胸がときめいてしまうのかと動揺したりするところが可愛い。
 そして、居酒屋を経営しているオ・スアの母親が、ある場面でとんでもない正体が披露して大爆笑してしまった。なに、その展開。
 もともとは、『鉄槌教師』に出ていたチン・ギジュが出ているという理由で見はじめたドラマだったのだけれど、チン・ギジュに関係なく楽しむことができた。
 1話が70分前後とちょっと長かったりするのだけれど、結局は一気に全12話を観てしまったのだった。

【読書】真崎守『私の手塚治虫1』真崎守プロジェクト

 真崎守『私の手塚治虫1』真崎守プロジェクトを読了。
 先日読んだ『すくりぶるの季節』の続篇。虫プロダクションの採用合格通知をもらうまでが『すくりぶるの季節』で、この『私の手塚治虫1』では虫プロ入社直後のあれこれをかなり赤裸々に描いている。
 いままでに虫プロ関係では山本暎一による『虫プロ興亡記』を読んでいて、内容はすでにまったく覚えていないのだけれど、ここまで赤裸々には描いていなかっただろう。
 会社としての体裁をなしていない虫プロが、「鉄腕アトム」のテレビアニメだけでてんてこ舞いしている最中に、「ナンバー7」「虫プロランド」の企画が動き出す。ところが、肝心の手塚治虫が忙しすぎて、アニメに時間を割くことができない。でも、自分がやらないと気が済まない手塚治虫のせいで、現場が勝手に作業を進めることは許されない。手塚治虫による絵コンテがあがってこないことには、何も始めることができないのだ。「ナンバー7」「虫プロランド」のためにスタッフは揃えたが、そのまま何もできずに1年間も放置されたりしてしまうのである。そうやって、現場の人間はどんどん疲弊していく。真崎守は、そういう状況をめちゃくちゃ臨場感たっぷりに描いている。
 真崎守が制作進行という、すべての部署にかかわる仕事をしていたことで、当時の虫プロの状況を俯瞰的に見渡していたこともあって、本書の内容がとりわけ充実したものになっているのだろう。
 それにしても、「鉄腕アトム」のアニメ1話を作成するためにかかる費用は200万から250万ぐらいで、それをテレビ局に70万で売っていたというのだからめちゃくちゃだ。その差額を手塚治虫の描いたマンガの原稿料で埋めていたのである。
 手塚治虫に関するとんでもないエピソードが次々に出てくる。例えば、虫プロに組合を作りたいと言い出したのが社長である手塚治虫なのである。仕方なく組合を作ると、就業規則だの業務規程だのを作らなければならず、それを作ると手塚治虫が自分も組合と一緒になって役員会と交渉しますとか言い出すのだ。
 手塚治虫によって、みんなが振り回されていく。その現場はまさに修羅場といっていいだろう。とうとう真崎守も我慢できずに、手塚治虫にむかって怒りを爆発させようというのが本書のクライマックス。いやはや、すごいドラマだ。
 ちなみに1990年にJICC出版局から刊行された真崎守「わたしの手塚治虫体験(一)」という本があるのだけれど、これを読んだのはもう30年以上前のことなので、どういう内容の本であったのかまったく覚えていない。本書とはどういう関係になっているのだろうか? また、本書は『私の手塚治虫1』とあるのできっと『私の手塚治虫2』も出るに違いないと思っているのだけれど、ネットで現在連載されているのは「わたしの手塚治虫体験(二)」となっていて「わたしの手塚治虫体験(一)」の続篇であるらしい。なんともややこしい。いずれにしても、ぜひとも続きが読みなくなる刺激的な本だ。

【読書】C・J・ボックス『黄昏の銃声』創元推理文庫

 C・J・ボックス『黄昏の銃声』創元推理文庫を読了。
 約1.5キロの超長距離射撃によって、トウェルブ・スリープ郡判事ヒューイットの妻が瀕死の重傷を負う。ヒューイット判事を狙った射撃によるものと推測され、激怒した判事はありとあらゆる法執行官を呼び集め、犯人捜査を命じる。その中には当然ながら猟区管理官ジョー・ピケットもいた。鷹匠ネイトの協力を得て射撃地点を特定するなどの成果をあげるが、無能きわまりない新任保安官はあろうことか、容疑者としてネイトを逮捕してしまう。一方、前作でジョーとネイトが関わったメキシコの暗殺者集団の魔の手が、ネイトに復讐するためにネイトと彼の妻、生まれたばかりの娘に忍び寄っていた。
 猟区管理官ジョー・ピケットを主人公とするシリーズの第20弾である。本国では1年1冊ペースで刊行されており、作中でも同じだけの時間が流れているので、ジョーも次第に歳をとってきた。立ち上がるときに、膝がポキッと音を立てたりするようになっているのだ。娘たちもみな独立して家を出て、いまは妻のメアリーベスとの二人暮らしだ。一方のネイトは結婚して娘も生まれ、なんと町に行く際に「パンパースを買ってきてくれる?」と頼まれるような生活をしていた。おおっ、ネイトがパンパースを買う姿を見ることになろうとは!(実際にはネイトがパンパースを買う場面は描かれていないのだけれど、想像するだけでも笑える)
 こういう主人公たちの変化を眺めることができるのが、長年続いたシリーズを読む楽しみではあるのだけれど、本書を単独で読んでも十分に面白い。1作目から読まなければなどと思うと、ハードルが高くなってしまうだろうけれど、とりあえず本書を読んで面白いと思ったら過去の作品を読むので十分。本当に面白いシリーズなので、ぜひぜひご一読を勧めたい。
 本国ではすでに第26作まで出ているそうだが、翻訳の出た20作をずっと読んでいて、まったくワンパターンに陥ることなく、すべてがみごとに面白いまま。こんなシリーズはそうはないのではないだろうか。毎回書いているような気がするのだけれど、早くも次巻の翻訳が出るのが待ち遠しくて仕方がない。
 なお、ほぼ毎回、官給の自動車をオシャカにしているジョーなのだけれど、今回はどうなるのか。それは読んでのお楽しみだ。

【映画】東北警察故事

 シェー・ミャオ主演のアクション映画『東北警察故事』を観る。

 山東省浜州で警察官をしている李紅旗(シェー・ミャオ)。春節の休暇をとった紅旗は、恋人の桃子(グー・ジン)とともに、彼女の故郷である淞北市を訪れる。そこで、彼女の実家に挨拶に行くのだが、彼女の父に気に入られた紅旗は、地元の名士が集まるパーティにひっぱっていかれる。ところがそこにオンラインカジノを立ち上げるのに地元の実業家たちを巻き込もうとする肖家三兄弟の一味が乱入してくる。
 彼らは、地元住民を違法賭博に誘い込み、巨額の借金を背負い込ませ、あげくの果てに殺人にも手を染めていた。地元の実業家たちを脅迫して事業に協力させ、みるみるうちに勢力を拡大していく肖家三兄弟。紅旗は休暇を返上し、地元警察と協力して捜査に乗り出すのだった。

 タイトルからジャッキー・チェンの『ポリス・ストーリー/香港国際警察(警察故事)』を連想するかもしれないが、あれほど派手ではない。というよりも、どちらかというと地味な低予算アクション映画である。映画というよりも、テレビの刑事ドラマといったスケールの作品だ。実際に、本作は劇場公開はされていない。愛奇芝という動画配信サイトによって制作され、ネット配信のみで公開された作品なのだ。淞北市という架空の地方都市が舞台となっており、スケールもこじんまりとしている。ランニングタイムも83分と実にコンパクトだ。
 しかし、アクションには力が入っている。とりわけ頭が弱いが肉体は異様に頑健という3兄弟のひとり肖二毛との肉弾戦はなかなかリアルだ。実に痛そうなのだ。
 そして、シェー・ミャオが走る走る。逃げる犯人を追って走り回り、銃を構えた相手にも真っ正面から全力疾走して突っ込んでいく。このスピード感が実にいい。
 クライマックスは肖家三兄弟の中の頭脳派、アメリカ留学経験のある相手とのバスの中でのバトル。えっ、こいつ頭脳派なのに、こんなに格闘ができるんだ!とびっくりしたが、狭い空間での激しい肉弾戦はなかなか見ごたえあり。これまた実に痛そうで、あちこち骨折していそうだ。
 地方都市が舞台で、敵対する相手もそれほど大きな組織というわけではなく、派手な爆破シーンとか大向こうをはったアクションシーンなどはない。しかし、刑事ドラマってのはそもそもそういうものなので、無駄にスケールを大きくすることなく、しっかりコンパクトにまとめている好感の持てる作品となっている。
 ちなみに、「紅旗」という名前がいかにも中国的だなあなどと思ったのだけれど、桃子の父から「お前はいったい何歳だ。やたらと古臭い名前だな」などと突っ込まれていたので、そういう雰囲気になる名前であるらしい。
 主役の李紅旗を演じているのは『盲剣楼』『盲剣楼 無明の執行人』などのシェー・ミャオ(謝苗)。ジェット・リー主演の『新・少林寺伝説』『D&D/完全黙秘』、チョウ・ユンファ主演の『ゴッド・ギャンブラー 完結編』などでふてぶてしい面構えの子役を演じていたが、大学卒業後に本格的に映画界に復帰し、『タイガー・マウンテン 雪原の死闘』『西遊記 孫悟空vs7人の蜘蛛女』『少林寺 十八の羅漢』『武神』『イップ・マン 立志』などに出演している。最新作は谷垣健治監督の『火遮眼(The Furious)』で、すでに各国で公開されて話題となっているのだけれど、日本では来年になってからの公開が予定されている。
 監督は、『盲剣楼 無明の執行人』のアクション演出を担当していたチン・ポンフェイ(秦鵬飛)。続篇の『東北警察故事2』では『盲剣楼 無明の執行人』のヤン・ビンジア(杨秉佳)との共同監督を務めており、『東北警察故事3』では監督の座を降りて制作にまわっている。この続篇の方も観なければ。
 なお、自分は本作を、YouTubeにあった中国語字幕(簡体字)と英語字幕の入ったもので観たのだけれど、英語字幕がやたらと長く、意味がわかりにくくて閉口した。なにしろ「二嫂」と言うたびに「THE SECOND SISTER-IN-LAW」と訳されてしまうので、そりゃ長くなる。「桃子」が「peach」になったり、「こいつは俺の未来の娘婿だ」が「My future uncle」となったり、とにかくあちこちで英語字幕が変。なんで「娘婿」が「叔父さん」になるんだ? おそらく中国語字幕から自動翻訳でつけた字幕なのだろう。配信元の愛奇芝の有料会員になれば日本語字幕付きでも観られるようなのだけれど、これもおそらく自動翻訳でつけた字幕なのではないかと思われる。

【読書】古龍『多情剣客無情剣』角川書店

 古龍『多情剣客無情剣』角川書店を読了。
 行き当たりばったりとしか思えない展開で、ひたすらあとからあとから奇妙奇天烈な武術の達人が登場しては消えていくの繰り返しで、「おいおい、ずっとこの調子が続くのか? それだったらかなり辛いぞ」と思っていたのだけれど、だんだんそれが快感に変わってくる。しかも、前半ではどんなすごいキャラが出てきても、みんなあっさり死んでしまったりするのだけれど、途中からけっこう魅力的なキャラが継続して出てくるようになり、それが物語を牽引するようになるので、どんどんのめり込んでいってしまう。
 主人公は百発百中の飛刀の達人で「小李飛刀」の異名を持つ李尋歓。いろいろ屈折していて酒に溺れてはいるし、胸の病を患っていてやたらと咳き込んでは血を吐いたりしているのだけれど、それでも無敵の武術家である。その李尋歓をめぐる友情や裏切り、そして李尋歓を倒すことで武術界の頂点に立とうとするさまざまな武術家たち。さらには、李尋歓と固い友情で結ばれながらも、稀代の悪女に魅入られてしまった若き武術家の阿飛。この阿飛をとりこにする林仙児という女が実にすごくて、女を武器にかたはしから超人的な武術家を骨抜きにしてしまうのである。そのくせ、彼女に心底惚れ込んだ阿飛にだけは体を許さず、純情ぶりっこを貫き通すのだ。毎晩毎晩、阿飛を睡眠薬で眠らせておいて、さまざまな男と夜を共に過ごすのである。奇妙奇天烈な武術家があとからあとから登場してくるのだけれど、その中でいちばん異彩を放っているキャラクターがこの林仙児と言えよう。
 「解説」で馳星周が「もう、ここまででたらめなら、いちいち目くじらを立てるのがばからしい。なんの伏線もなく新しい登場人物が現われ、消えていったとしても、そのキャラクタに忘れがたい味があれば、どうだっていいことではないか。」と書いていて、これには全面的に同意してしまう。ストーリーそのものは行き当たりばったりで、伏線もなにもあったものではない。キャラクターが勝手に動くとか、そういうレベルを超越したでらためな展開である。でも、それでいてグイグイと読まされてしまう。実に異様なパワーがある小説なのだ。