【読書】楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』中央公論新社

 楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』中央公論新社を読了。
 昭和13年。講演のために台湾に招かれた作家の青山千鶴子は、通訳につけられた王千鶴とともに、台湾の各地を旅行し、その土地その土地ならではのさまざまな料理を食べて食べて食べまくる。青山千鶴子は食べることが好きで好きでどうしようもない大食漢だったのだ。その青山千鶴子の欲望を満たすべく、同行の王千鶴は通訳としての職分を大きく超えて、さまざまな手配をこなしていく。やがてふたりは作家と通訳という関係を超えて友情を育んでいくかに思われたのだが……。
 読み終えたとき、長い長い旅を終えたような、なんともいえない感慨を覚えてしまった。
 実に実にさまざまな要素を含んだ小説だった。舞台は日本統治下の台湾である。主人公は日本人小説家の青山千鶴子と、台湾人通訳の王千鶴。それだけで、なんとも微妙なニュアンスが生まれてくる。ひたすら食べることに執着する青山千鶴子は、いわゆる高級料理店で出るような料理ではなく、ごく普通の台湾人が食べているような料理を食べたがり、そこにグルメ小説的な要素も生まれてくる。しかも、その大食らいぶりが半端なく、また裏表のない性格から発せられる発言などから、ユーモア小説的なおかしさも生まれてくる。もちろん、台湾各地を鉄道で旅してまわることから、紀行文、旅行記としての楽しさも味わうことができる。しかも、舞台は昭和13年なので、そこで描かれるのはすでに現在の台湾では見ることの出来ない、過去の台湾の姿なのだ。そして、お互いを理解しようとするふたりの友情を超えた想いを描く百合小説としての要素すら持ち合わせているのだ。
 さらにはこの小説、冒頭には昭和29年に日本で刊行された際の「初版まえがき」が再録され、巻末には青山千鶴子の養女による「母の思い出」、台湾版刊行のために書かれた王千鶴による「訳者あとがき」、台湾版刊行までのいきさつを説明する王千鶴の娘・呉正美による「旧友との約束」という文章が収録されている。つまり、日本人の作家・青山千鶴子が書いて日本で出版され、それを王千鶴が中国語に翻訳して、王千鶴の娘が台湾での出版にこぎつけたという設定がほどこされているのである。なんという凝りよう。
 それにしても驚くべきは、著者・楊双子の力量である。なにしろ、本当に日本人が書いたとしか思えない作品なのだ。しかも、日本統治下の昭和13年が舞台なので、その風俗を再現するにあたっての苦労は並大抵ではなかろうと思うのだが。
 そして、とてもとても楽しい小説なのだけれど、最終的には、統治する国の人間と、統治される国の人間の友情という、とても重いテーマが表面に浮き上がってくる。単に楽しいだけの小説ではないのだ。すごいな、楊双子。
 なお、文章はむちゃくちゃ読みやすい。とても翻訳小説とは思えない読みやすさだ。ところによっては、非常にくだけた表現も用いられたりしていて、どこまで文章を軟らかくするか、翻訳の三浦裕子氏も苦労されたのではないだろうか。きっと、翻訳の文体によっては、ここまで楽しい小説にはならなかっただろう。