★スーザン・プライス『500年の恋人』創元推理文庫

 スーザン・プライス『500年の恋人』創元推理文庫を読了。


 時を超えたロマンティック・ファンタジー小説『500年のトンネル』の続編である。
 前作で16世紀の世界から利益を吸い上げようとした揚げ句に手痛い目にあってタイムトンネル計画を中止したFUP社だが、再びタイムトンネル計画を開始し、人類学者のアンドリアを16世紀に送り込む。最愛のピーアに会えると期待したアンドリアだが、送り込まれた16世紀はかつて送り込まれた16世紀とは異なる時間軸に存在する世界だった。アンドリアにとっては旧知の世界ではあっても、そこにいる人々にとってはアンドリアは見知らぬ人間だったのである。アンドリアにとってはピーアとの再会ではあっても、ピーアからすれば初めての出会いだったのだ。しかも、アンドリアが送り込まれたのは、FUP社の主導によって、スターカーム一族のピーアと宿敵グラナム一族の娘との結婚式が執り行われようとしている、まさにその時であったのだった! そして、FUP社の陰謀によって新たなる悲劇が幕を開けるのであった!

 というわけで、時間旅行にさらにパラレルワールドという要素が加わった作品となっている。厳密に言えば、前作でもパラレルワールドの設定はきっちり取り入れられていた。16世紀から鉱物資源などを採掘しても、別の時間軸の16世紀なので21世紀の自分たちには影響はないという設定になっていたのだ。しかし、本作ではさらに本格的にパラレルワールドという設定を盛り込んできている。
 それにしても、前作の時間軸ではアンドリアと別れたピーアが悲嘆にくれているはずなのに、ヒロインのアンドリアはあっさり別の時間軸のピーアになびいてしまって、思わず「それでいいのか?」と思ってしまう。でも、「時間軸は違っていても、同じ相手だしなあ」と、いささか複雑な気分になる。これは、はたして浮気ということになるのだろうか?
 そして、この手の小説には珍しく、かなり血なまぐさい描写が展開される。もともと、そういう野蛮な一族として描かれてはいたのだけれど、そこに21世紀の銃器が持ち込まれて虐殺が繰り広げられるのだ。
 最後の方ではさらに事態は入り組んで、残りページが少なくなってきたところで「いったい、この複雑な事態をどうやって終わらせるんだろう?」と不安になってきたら、最後のページで衝撃的な事実に直面することになる。なんと、終わっていないのだ! めちゃくちゃ盛り上がった場面で「続きは第3部!」となっているのである。
 だが、『500年の恋人』が日本で刊行された時点ではまだ第3部は書かれていなくて、その後、イギリスで第3部『A Sterkarm Tryst』が刊行されたものの、日本ではいまだに翻訳されていないのである。うわあっ! それって、あり? ハン・ソロがカーボン凍結されて「いったいどうなるんだ!」というところで終わってしまった「帝国の逆襲」のようなものだけれど、そのまま「ジェダイの帰還」が日本公開されなかったような状況となってしまっているのだ。
 本書が日本で刊行されたのは2010年なので、すでに13年の歳月がたってしまっている。きっと、いまさら翻訳されることはないのだろう。しかし、すでに『500年のトンネル』も入手困難本になっているので、『500年のトンネル』から再刊して、第3部を翻訳してくれてもいいのではないだろうか。というか、このあとどうなるのか、気になって仕方がないではないか!