★アルジャナン・ブラックウッド『ポール伯父の参入』漂着文庫


 自分はずっとアルジャーノン・ブラックウッドという表記で慣れていたのだけれど、最近ではアルジャナン・ブラックウッドという表記の方が定着してきているのかな。で、そのブラックウッドを読むのは、実は本書が2冊目。前に読んだのはめちゃくちゃ大昔で、早川書房からハヤカワ文庫FTの刊行が始まった当初に、『王様オウムと野良ネコの大冒険』という作品を読んだだけ。だから、ブラックウッドといえば怪奇小説というイメージを持ちながら、いわゆる怪奇小説っぽい作品はまったく読んだことがなかった。
 そこで2冊目の本書だけれど、これも怪奇小説ではまったくなかった。どちらかというと、作者本人が小説家となる内的な過程を、幻想風味をたっぷりとまぶして書き上げられたといった小説だった。
 カナダの原生林で森林調査員をしていた主人公のポールが、20年ぶりに妹が幼い子供たちと暮らすイギリスへと戻ってくる。そこでポールは、幼い子供たちに誘われ、現実世界の裂け目から繋がる別世界での冒険に乗り出し、新たなる生き方に目覚めていくのだった。
 ここで描かれる子供たち、動物たちの様子が実に魅力的で、とりわけポールの教育係たるニクシーという少女の存在感が素晴らしい。もっとも、いささか子どもらしくないセリフが多く、そのあたりはあまり幼い少女らしくない造形となっているのだけれど。
 そして、ラスト近くで衝撃的な展開が待ち構えていて、いささか打ちのめされてしまう。そこからの展開が、ブラックウッドの小説家としての決意の表明とも思えるものになっているのだけれど、凡人の自分などは「人生、それでいいのか?」と思ってしまう。自分は、フランス人の家庭教師や、亡き友の姪のジョアンと仲良くなりたいと思ってしまう方だからなあ。

 ちなみに、本書は私家版として刊行されたものである。翻訳をしている田中重行氏が、ブラックウッドを理解する上でもっとも重要と思われる本作がいつまでも翻訳されない状況を憂えて、とうとう自分で翻訳して、自費出版として刊行してしまったというものなのである。いやあ、その熱意たるや、脱帽するしかない。
 最近、翻訳小説の自費出版が盛んになってきていて、いささか玉石混淆といった状況であるように思われるのだけれど、本書は翻訳もしっかりしているし、装幀も美しいし、自費出版とは思えない仕上がりとなっている。かつて月刊ペン社から刊行されていた妖精文庫の装幀をみごとに再現しているのだ。
 ただ、ひとつだけ違和感があったのだけれど、「?」「!」のあとにはひと文字分の空白を空けて欲しかったかな。いや、どうでもいいようなことではあるんだけどね。