★渡辺啓助『密林の医師』盛林堂ミステリアス文庫

 渡辺啓助『密林の医師』盛林堂ミステリアス文庫を読了。


 昭和19年春陽文庫として刊行された本の再刊だが、そのオリジナルは戦地の慰問用として刊行され、ほとんどが海外の戦地に送られたため、国内にはほとんど残っていないのだという。ほとんど残っていないどころか、現時点で確認されているのは日下三蔵氏が所蔵する1冊だけであるようだ。
 収録されている作品は表題作以下「異境冒険小説 陸鰐島の囚人」「ジャガタラお春」「ビルマの桜吹雪」「冒険小説 チベットの雪豹」「伝記小説 無装荷松前」「沙漠のヨシツネ」「砂底の聖火」の8編。いずれも、東南アジアなどの海外を舞台とした作品で、香山滋の秘境冒険小説に通じる魅力ある作品だ。漢字の単語に独特のカタカナのフリガナをつけているところなども、香山滋の作品を思わせる。あるいは、香山滋渡辺啓助のこのような作品に大いなる影響を受けたのかも知れない。ただし、大仰で感情的な表現を多用した香山滋に比べて、渡辺啓助の文章はより抑制されていて、より端正な作品に仕上がっているという印象を受ける。

 実はいままで渡辺啓助の作品は、気になりながらも『鮮血洋燈』しか読んでいなかった。購書記録をチェックすると、『二十世紀の怪異』『海底結婚式』『ネ・メ・ク・モ・ア(サイン入り)』『聖悪魔(サイン入り)』『鴉白書』を所有しているようなので、なんとか機会を作って読まなければ。