【映画】KANO 1931海の向こうの甲子園

 台湾映画KANO 1931海の向こうの甲子園を観る。
 1931年、日本統治下の台湾。嘉義にあった「嘉義農林学校」の野球部は、それまで一度も勝ったことがなかった。だが、かつて甲子園出場の経験を持つ近藤(永瀬正敏)が乞われて野球部の監督となり、すべてをなげうって生徒たちの練習にのめりこむ彼の影響で選手たちの意識も変わっていく。そして、厳しい練習を乗り越えて台湾の大会で優勝し、甲子園に出場することになるのだった……。
 実際に甲子園進出をはたし、決勝まで勝ち進んだという実話の映画化である。台湾映画であるのだけれど、ほとんどのセリフは日本語でかわされ、永瀬正敏大沢たかお、坂井真紀といった日本人の俳優も多く出演している。
 実話の映画化なので、結果がどうなるのかはあらかじめ分かっている。しかし、分かっていても、決勝戦では興奮させられ、感動させられ、泣かされてしまう。最後に、登場人物のその後の人生がクレジットで出てくるのだけれど、そこでも心を揺さぶられてしまう。選手の中には「出征し、南方で戦死」とある者も複数いて、暗澹たる気分にもさせられてしまう。映画の中では日本に対する批判的な描写はほとんどないのでうっかり忘れそうになってしまうのだけれど、台湾が日本によって統治されていたというきわめて特殊な時代の物語なのだ。
 感動的な映画ではあったのだけれど、野球部とは直接にかかわりのないエピソードがところどころに入り込んでいることにはいささかの違和感も覚えた。特に大沢たかおが演じた八田與一による大規模な水利工事のエピソードは必要なのだろうか? このエピソードが野球部の躍進にからむことはないので、単に実話だから脚本から切り捨て損ねたというだけのことに思えてしまったのだけれど。
 また、甲子園大会よりずっとあとの1944年、大日本帝国陸軍の軍人たちが台湾南部に向かう列車の中で、ひとりの将校が「嘉義に着いたら起こしてくれ」と言う場面で映画が始まるので、この将校が甲子園の決勝戦で大きな役割をはたす人物なのだなと思っていたら、ぜんぜん違うじゃん! 最後の方で、この人物が嘉義農林学校のグラウンドを訪れるエピソードが挿入されたりもするのだけれど、ぜんぜん重要な人物でもないのに、なぜこの人物をとりあげてこういう描き方をしたのか、そこにもいささか違和感を覚えてしまった。
 あと、予想以上に日本人を好意的に描いてくれているなという印象も持った。「蕃人(台湾原住民)、漢人(漢族系住民)がいるようなチームが勝てるわけがない」というようなセリフが出てきたりはするものの、それほどひどい差別的な描写は出てこない。実際には、そんなものではなかっただろうと思うのだけれど。
 時代背景を考えると、いろいろなことを考えさせられてしまう。
 製作・脚本は『海角七号/君想う、国境の南』『セデック・バレ』の監督、ウェイ・ダーション魏徳聖)。監督は『セデック・パレ』に出演した俳優のマー・ジーシアン馬志翔)。
 こうなると、『セデック・パレ』も観なければと思うのだけれど、『セデック・パレ』を観るには体力を必要としそうなので(劇場公開時に観なかったのも、それが理由だった)、まずは手元に録画のある『海角七号』を観ることにしよう。