【読書】ダフネ・デュ・モーリア『原野の館』創元推理文庫

 ダフネ・デュ・モーリア『原野の館』創元推理文庫を読了。
 母が亡くなったことで住み慣れた故郷を離れ、叔母が暮らすコーンウォールのジャマイカ館に身を寄せることになったメアリー。だが、ジャマイカ館を支配していたのは叔母の夫である粗暴な大男であった。その男のために、かつて明朗であった叔母は面影もないほどやつれ、怯えて暮らすようになっていた。そして、ジャマイカ館に集う野卑な男たち。彼らは、明らかに大がかりな犯罪をおこなっているのだったが……。
 1936年に刊行された作品なのだけれど、驚くほど古びていない。それどころか、ある意味、実に現代的な作品でもある。ヒロインは、男に頼ることなく、いささか無謀とも思えるような行動に出るのだけれど、その行動の背景にあるのは正義感というよりも、好奇心と冒険心なのである。しかも、結婚に幻想を持つことなく、自分はひとりで生きていくのだという強い決意すら持っている。それでいて、犯罪者の若者に心惹かれていくという側面もあり、そうした相反する心情がリアルに感じられてしまう。
 壮絶なのは、難破させた船に酒で正気をなくした不法者の群れが襲いかかる場面で、大量虐殺の残虐な描写が圧巻なのだ。若い女性を主人公にしたロマンティックなサスペンス小説を予想していたら、ロマンティックどころではない凄絶な描写が繰り広げられるのである。これにはびっくりした。
 本作は、 かつて『ジャマイカ・イン』『埋もれた青春』として刊行されたこともある作品の務台夏子による新訳である。創元推理文庫デュ・モーリアの作品を継続的に務台夏子訳で刊行しており、実に嬉しい限り。今後ともぜひ継続して出していってほしい。
 なお、本作はヒッチコックによって『巌窟の野獣』として映画化されている。機会があれば観てみよう。