【読書】西村寿行『地獄(上巻)』徳間ノベルス

 西村寿行『地獄(上巻)』徳間ノベルス西村寿行選集を読了。
 なんともまあ、とんでもない小説である。西村寿行が各社の担当編集者らを招いて伊豆大島で釣りをするが、その夜、寿行がさばいたトラ河豚の毒にあたって全員死んでしまう。そして、気がつけば地獄の三途の河原にいた。そこから、地獄の鬼や冥府軍の繰り出す異形の者たちから逃げ惑う日々が始まるのだ。そういう話と思って読んでいると、なんと、いつの間にやら冥界を舞台に、なんとも壮大な物語が展開されてしまっているのだ。冥府を支配する組織に対して、西村寿行たちが徒手空拳が闘いを挑むという物語になってしまうのである。しかも、仏教の冥府軍は隣接するキリスト教の冥府軍と対立しているとか、とんでもない設定なのだ。むやみやたらと壮大な物語なのだ。が、にもかかわらず、まったく壮大さが伝わって来ない。なにしろ、徹頭徹尾、低俗きわまりない西村寿行たちの視点から描かれる物語なのである。高空から見下ろすような視点には絶対にならないのだ。三途の川を渡ってくる亡者の中にいる美女を尻の方から犯したいとか、そういうレベルの話題から離れようとしないのだ。これがまあ、西村寿行なんだよなあ。『百億の昼と千億の夜』を西村寿行が書いたら、こんな小説になっちゃいました、てへ、みたいな小説なのだ。
 それにしても、なにがとんでもないといって、登場する担当編集者らが、すべて実在の人物が実名で登場してきているのである。しかも、描写が容赦ない。どの人物も、遠慮容赦なく徹底的にこきおろされるのである。ここまで書いて許されるのかと呆れかえるほど、ボロクソに書かれているのである。小説に実名で出されて、しかもありえないほど露骨に悪口雑言が書かれるって、耐えられないぞ。
 が、しかし、西村寿行本人についても、けっこうありえないほど露悪的にボロクソに書かれているのである。女性秘書を愛人にしているとか、人妻をものにしているとか、どこからどこまでが本当なのかは分からないけれど、どうしようもない低俗な人物として描かれているのである。
 冥府軍による西村寿行の評価など、次のようなものなのであったりする。
西村寿行と申すは、大いなるうつけ者にございます。人倫を知らず、仏心を知らず、げに、むくつけき無学文盲の徒にてある由。アルコールと女の尻をとれば西村の小説はおよそ文章の態をなさぬとか。」
 冥府をさまよいながら西村寿行の脳裡にあるのは、次のような想念でしかないのだ。
「いつの間にか、女のことに思いを切り替えていた。女の肌、乳、尻、性器、太もも、足--抱いたときの感触。ああ、やりたいと、西村は胸中に重い吐息を落とした。」
 どんなに壮大な物語になろうとも、西村文学はかくも低俗なのである。
 とにかく、下巻に突入だ。