【読書】丸山正樹『デフ・ヴォイス』創元推理文庫

 丸山正樹『デフ・ヴォイス』創元推理文庫を読了。
 埼玉県警の事務職員であった荒井は、ある理由から県警を去り、再就職のために手話通訳士の資格をとる。ろう者の家族に育った荒井は、子どもの頃から家族の通訳をしていたため、手話は使い慣れていたのだ。そして、手話通訳士として働くなかで、ある殺人事件の謎に巻き込まれていく。それは、彼が17年前に手話通訳として関わり、悔やんでも悔やみきれない展開をみせた事件ともつながりのある事件だった。
 ううっ、最後の最後でじわ~っときてしまった。実際に泣きはしなかったけれど、「感涙必至」という帯の惹句になんら文句はない。なぜじわ~っときてしまったかというと、徹頭徹尾、著者が誠実に物語に対峙しているからなのだと思う。
 描かれているのは、いままで自分とはまったくかかわりのなかった手話の世界であり、ろう者の世界である。もちろん、手話を使って会話をしている人を街中などで見かけたことはある。だけど、自分の身近にはただのひとりもいなかった。いないにはそれなりに理由のあることなのだろうけれど、いままでそういうことを考えたこともなかった。
 そういうまったく知らなかった世界に触れることができるのが読書のひとつの魅力であるなら、本書などはまさにその素晴らしい一例といえよう。
 だが、それだけではなく、本書はミステリとしても非常に読ませてくれる。主人公と一緒になって謎に翻弄された。そして、どういう着地点に辿り着くのか、まったく予想がつかないまま、最後の1ページまでぐいぐいと引っ張られるようにして読んでしまった。本当に、とても面白かった。
 主人公をめぐる日常のエピソードもいい。それだけに、ある場面では主人公に向かって「それだけはやっちゃダメだあ!」って叫びもした。
 「この借りは、いつか必ず返す。」のセリフが再び出てきたところでは、「そうだったかあ!」と思わず喜んでしまった。やられた。すっかり忘れていたら、こんなところで出てきたか。
 それに、議員の最後のセリフもいい。こういうひと言でちゃんと登場人物たちのその後をおざなりにせずにフォローするところも、実にお見事。こういうところも、著者が誠実に物語に対峙しているという印象につながっているのだろう。

 このシリーズは現在、第4作まで出ているとのこと。本作に出てくる刑事を主人公にしたスピンオフのシリーズも出ているとのこと。また、読みたい本が増えてしまった。