【読書】月村了衛『半暮刻』双葉社

 月村了衛『半暮刻』双葉社を読了。
 すごい小説を読んでしまった。圧倒されて、ページをめくる手をとめることができなかった。
 前半は、翔太と海斗というふたりの若者が、「カタラ」という組織のメンバーとなり、言葉巧みに女性を騙し、借金まみれにして風俗に送り込む物語が描かれていく。読んでいてげんなりするような物語が、あたかも青春小説であるかのようにあっけらかんと進行していく。やがて「カタラ」は摘発され、親もなく施設で育った引き取り手のいない翔太は有罪となって刑務所に入り、裕福な家の息子である海斗は執行猶予がつき放免される。
 刑を終え前科者となった翔太は、行き先を失いヤクザとなる。そこで、デリヘル嬢の送迎をするドライバーとして働くようになる。その翔太が本と出会うことで新しい生き方に目覚め、苦難の道を歩み出す。そこまでが第一部「翔太の罪」だ。
 後半は、明らかに電通をモデルとする広告代理店に入社した海斗が、新都市博という巨大イベントを推進する部署に配属され、そこでイベントを成功させるために粉骨砕身していくという物語が描かれていく。だが、そのイベントを成功させるためには、ありとあらゆるダーティな業務をこなさねばならず、「カタラ」時代に繋がりのあった半グレ、ヤクザともつきあい、莫大な税金から中抜きした巨額の資金を政財界、広告代理店の上層部に流し込むという作業をしていく。しかし、自分の過去と向き合って新しい生き方に進んだ翔太とは異なり、海斗が選んだのは過去の自分をさらにその先へと進ませる生き方だった。そして、その生き方になんら疑問を持つことはなかった。その先に待ち構える運命までを描いていくのが第二部「海斗の罰」だ。
 なによりも、第二部「海斗の罰」の迫力が凄い。電通という企業が実際にこういう汚い仕事を一手に引き受けて日本という国を破滅へと追い込んでいるのだろうという説得力がものすごい(小説の中では電通ではなくアドルーラーという企業名になっているのだけれど)。東京オリンピック大阪万博といった巨大イベントは、こうやって利権にまみれていくのだろうと、実にリアルに感じさせられてしまう。そして、何が怖いといって、次に控えている巨大イベントが「憲法改正」だというくだりだ。憲法改正というのは、巨大広告代理店にとっては、いくらでも金を吸い上げることのできるイベントに過ぎないというのだ。憲法改正を成し遂げるためなら、与党はいくらでも広告代理店に税金をつぎこむだろうというくだりのなんとリアルなことか。
 月村了衛の作品は、『機龍警察』が凄すぎてその他の作品はいささか霞んでいたのだけれど、本作についてはさすがは『機龍警察』の作者と唸らされた。まだ未読の作品がいくらでもある作者なので、少し本腰を入れて読んでいこう。