【読書】岡本功司『人生劇場主人・尾崎士郞』永田書房

 岡本功司『人生劇場主人・尾崎士郞』永田書房を読了。
 『人生劇場』で知られる小説家・尾崎士郞と長年にわたって懇意な付き合いをしてきた著者が、自分の見聞きした尾崎士郞のエピソードを中心に描いた評伝。なので、作家デビューするまでの話は、比較的あっさりしているし、小説の執筆活動とか、どういう媒体にどういう小説を書いてきたのかとか、そういう話はほとんどない。尾崎士郞という小説家の人となりを描きたかったということなのだろう。
 どんなに忙しくても、近寄ってくる人間を邪険には扱わず、集まってくる人を大切にした人だったらしい。そのため、家には常に複数人の来客がおり、よくまあそんな環境で小説の執筆ができたものだと著者も不思議がっている。また、あれこれものを買っては、片端からまわりの人間にプレゼントしてしまった人でもあったらしい。なんと、著者の家にある仏壇も尾崎士郞からもらったものなのだという。人情を大切にする人だったということなのだろう。
 ところで、なぜさほど作品を読んでもいない尾崎士郞の評伝を読んだのかというと、富田常雄の随筆に尾崎士郞の名前が頻繁に出てくるからなのである。若い頃はよく一緒に飲み歩いたりしたらしいのだ。ところが、尾崎士郞の随筆を何冊か読んだのだけれど、どこにも富田常雄の名前が出てこない。この評伝にもとうとう富田常雄の名前は出てこないままだった。
 同じく、若い頃に富田常雄と一緒に演劇の世界に身を置いていた舟橋聖一の方はといえば、富田常雄が亡くなったあとに新聞に追悼文を載せていたりするのだけれど。
 はたして、尾崎士郞にとって富田常雄という男は、どういう位置づけだったのだろう。富田常雄の方が一方的に親友と思っていただけなのだろうか。そういえば、富田常雄が自費で発行していた「日本文庫」という小説誌に「人生劇場外伝」が載るはずだったことがあった。表紙にも目次にも「人生劇場外伝」と記載されているのだけれど、どうやら原稿が間に合わなかったらしく、小説の方は掲載されていない。実際には載らなかったにしても、こういう原稿を依頼できる関係ではあったようだ。