★橘外男『蒲団』中公文庫

 橘外男『蒲団』中公文庫を読了。

 読書記録をチェックすると、橘外男はいままでに『地底の美肉』『死の蔭探検記』『コンスタンチノープル』『私は呪われている』『見えない影に』『女豹の博士』を読んでいるらしい。意外と読んでいて、自分でもビックリしてしまう。『地底の美肉』を読んだ時に、いささか辟易しながらも妙に魅せられてしまい、それが印象に残っているもので、あれこれ手を出しているものらしい。
 橘外男というと、比較的海外を舞台にした作品が多いという印象だったのだけれど、本書はタイトルに「橘外男日本怪談集」とついていて、日本を舞台にした怪談が収められている。とはいうものの、いわゆる怪談と呼ばれる作品とはイメージの異なる作品も収められていて、「怖い小説」を期待していると違和感があるかもしれない。

「蒲団」掘り出し物の蒲団を仕入れてきたときから不幸が続くようになった古着屋の物語。シンプルな因縁話ながらも、ほどいてみた蒲団から出てきたものはなかなかにえぐい。
「棚田裁判長の怪死」祖先から伝わる怨霊の祟りによって、旧家が滅びていく過程を描いた作品。そもそもの祟りそのものをはっきりとは描かないところに、不思議な余韻が残る。
「棺前結婚」中編といってよい長さの作品。なんとも切ない読後感の作品で、いわゆる恐怖を描いた怪談ではない。息子の嫁を追い出さんとする偏執的な母親の描写が実にリアルで、読みながら怒りすらこみあげてきて、それゆえにその後の展開に泣かされてしまう。これは名作。
「生不動」地面がカチカチに凍りついた北海道の港町で、事故で炎に包まれた人々の姿を目撃するという、ごくごく短い作品。いわゆる怪異現象を描いた作品ではないのだが、妙に印象に残る。
「逗子物語」妻を亡くして無気力となったまま逗子に滞在する〈私〉が、荒れ寺の墓地で死んでいるはずの美少年に遭遇するという物語。これまた怖い小説ではなく、静謐な印象すら残る怪異譚となっている。
「雨傘の女」駅で激しい通り雨があがるのを待っている〈私〉に雨傘を貸そうとした女性は、すでに死んでいた人であったという、ほんの数ページの作品。よくある類いの怪談ながら、激しい雨や不幸な女の描写などが秀逸。実は、ここで描かれているような体験を自分自身しているので、実際にこういう不思議なこともあるのだなあと否定できないのである。
「帰らぬ子」難病のために長男を7才で亡くなってしまった〈私〉の悲嘆を描いた前半があり、それから20年たって登山に行こうとする次男を必死に押しとどめようとする〈私〉を描く後半があり、いわゆる怪談らしさはほとんどない。ただ、後半のパートで、サクサクという長男の足音が夜ごと〈私〉を訪れて、「息子が帰ってきた」と喜ぶという、なんとも切ないエピソードが描かれている。

 一読ゾッとして眠れなくなるというような怪談集ではなく、それどころか哀切さに思わずしんみりしてしまうというような作品が多かった。帯に「日本最凶の古典怪談」とあるのだけれど、さすがにそれはミスリーディングが過ぎると思う。