★『ファイナル・マスター(師父)』

 『ファイナル・マスター(師父)』を観る。2015年制作の中国の武術映画だ。

 中国各地の拳法が集結していた20世紀初頭の天津では、十九の流派が道場を開いて昔ながらの掟を守り続けていた。しかし、武術を引き継ごうという後継者もなく、武術界は次第に寂れていこうとしていた。そこに現れたのが、詠春拳の奥義を引き継ぐただひとりの男、チン・シーだった。彼は天津に道場を開いて詠春拳を引き継ぐ者を育てようと考えていたのだが、天津で道場を開くためには天津で見つけた弟子を戦わせて十九ある道場のうちの八つを破らなければならないという掟があった。そこで、チンはゲンという若者を見いだし、彼に詠春拳の特訓を施すのだった。1年後、天才的武術家に成長したゲンは次々と各派の道場を破っていくのだが……。

 中国の武術映画としては、いささか異色の作品である。まずとまどうのが、登場人物の心理描写をとことん削ぎ落としているということだろう。正直、こいつらが何を考えているのかいまひとつよく分からない。だが、そのストイックさがハードボイルドな雰囲気を醸し出しているのである。
 そして、とことんリアルな格闘シーン。ワイヤーワークもCGもなし。ジャッキー・チェンのような作りこまれた演出もなし。ツイ・ハークのような外連味もなし。とことんリアルな中国武術のやりとりが展開されるのだ。詠春拳というと、『イップ・マン』でドニー・イェンが披露してみせた細かいパンチの連打というイメージがあるが、本作の主人公が使うのは刀術である。八斬刀という巨大なナイフといった感じの刀を両手に持ち、それを縦横無尽に使いこなして闘っていくのだ。少林寺の伝説の五枚尼姑より伝わる刀術とされており、これも詠春拳のひとつの技であるらしい。
 クライマックスは、次々と襲いかかる十九の流派を、チンが両手の八斬刀で片端から叩きのめしていく展開になるのだが、この場面がとにかく素晴らしい。相手はひとりひとりが異なる武器を扱う達人なのである。それと切り結ぶ格闘シーンが、実にリアルで説得力を持っている。ネットでの評価を見ると「地味」という評価が多く見られるが、そりゃそうだ。リアルな中国武術の格闘シーンがそうそう派手なわけがない。

 監督はウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』で武術顧問と脚本家を担当したシュ・ハオフォン。この監督の作品に『ソード・アイデンティティー』『ソード・アーチャー』という作品があるらしいのだけれど、残念ながらアマプラでもNetflixでも観ることはできないようだ。
 主人公のチンを演じているのは廖凡(リャオ・ファン)という俳優で、その妻を演じているのが宋佳(ソン・ジア)ということだけれど、このあたりの役者についてはあまり詳しくないのでよくわからない。それよりも、金士傑、陳観泰、熊欣欣といった俳優が出ていることの方が嬉しいところ。