【読書】富田常雄『天にひらく窓』東方社

 富田常雄『天にひらく窓』東方社を読了。
 久しぶりに富田常雄の小説を読んでみた。
 隠居生活をしている元陸軍少将の父(62歳)、商事会社勤務の長男雄一郎(32歳)、アルバイトとして子どもに日本舞踊を教えている長女の奈美子(24歳)、新聞社に勤めだしたばかりの次女の春江(20歳)。
 誠実で真面目ひとすじの雄一郎には心に秘めた女性がいるのだが、長男としての立場から家族を養わねばならず、妹たちを嫁に出してからでなければ結婚はできないものと決めていた。そのため、どうしても相手の女性に積極的になれず、相手の女性もにえきらない雄一郎に対して物足りなさを覚えるようになっていた。
 古風でおとなしい奈美子は、ひょんなことで知り合った若者と心を通わせるようになる。だが、雄一郎の上司から求婚されていて、兄の出世のために犠牲になるべきかで煩悶していた。
 女学生気分がいまだ抜けず、いささか危なげのあった春江は、夜ごとの遊びを繰り返したあげくにチンピラのような男と過って関係を持ってしまい、その関係を絶つことができずに苦しんでいた。
 昭和28年に新聞連載された作品で、当時の富田常雄が繰り返し書いていた恋愛小説のパターンそのものの作品である。メインとなるキャラクターは和装の似合う古風な「美人という言葉よりは優しいという方が適切な」奈美子で、愛する相手がいながら、家族のために自分が犠牲になるべきかで苦しむ。24歳という年齢は、当時としてはそろそろオールドミスと呼ばれ出すような年齢である。まわりもそろそろ結婚させなければと考え、叔母が繰り返し見合いの話を持ってきていたのだ。その相手が兄の上司であり、結婚を承諾すれば兄は課長になれるだろうし、出世して給料が増えれば兄も結婚できるだろうという状況に追いこまれる。
 その奈美子と正反対の、快活で現代的な妹という設定は、本当に繰り返し繰り返し富田常雄の作品に出てくるパターンで、こうなると確実に妹は男性と過ちを犯して「わたしはもう結婚する権利を失ったわ」と考えるようになる。ところが、そのあとで彼女のことを心から愛する男性が現れて、またしても「わたしにはしあわせになる資格がないの」と苦しむことになる。ここまでがセットで、見事なまでのパターンなのだ。
 さらには、家族へのしがらみから相手の女性に積極的になれない長男にも艱難辛苦が襲いかかり、あげくのはてに相手の女性が胸の病に倒れるという展開も完全にいつものパターンだ。ただし、『姿三四郎』の頃は胸の病に倒れるとその女性はたいてい回復せずに亡くなってしまうのだけれど、だんだん医療が発達してきて回復するパターンに変貌してきているのがちょっと面白い。
 そしてもちろん、登場する男性の何人かは必ず柔道経験者なのである。ふだんは朴訥でおとなしかったりするのだけれど、いざとなれば強いのだ。
 このように見事なまでに毎度毎度のパターンなのだけれど、それでいてこの頃の富田常雄は売れに売れていた。小説家長者番付では吉川英治に次ぐ2位に位置していて、次から次へと新聞連載、雑誌連載を書きまくっていたのである。
 いま読むと、家制度とか女性の純潔などに対する考え方の違いに、さすがに時代を感じさせる。しかし、それでも最後には愛が勝つというところが人気を呼んだのだろうか。