【読書】ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』新潮文庫

 ホレス・マッコイ『屍衣にポケットはない』新潮文庫を読了。
 ホレス・マッコイを読むのは、角川文庫の『彼らは廃馬を撃つ』、ハヤカワ文庫の『明日に別れの接吻を』に次ぐ3冊目。3冊すべてが異なる出版社から出たわけだけれど、まさか新潮文庫から出ようとは思わなかった。
 地方紙「タイムズ・ガゼット」の新聞記者ドーランは、社会悪を摘発する記事を、ことごとく上層部によって握りつぶされたことに嫌気をさし、独立して真実を報道するための週刊誌を発行する。権力者の腐敗を報道する彼の週刊誌は、市民の支持を得て順調にいくかに見えたが、彼のターゲットとなった権力者たちが、彼の活動を妨害すべく立ちふさがるのであった……。
 きわめてシンプルな構図の小説で、非常に読みやすい。込み入った要素は微塵もない。だが、それだけの小説と断じることのできないなにかがこの小説にはあるように思えてしまう。ホレス・マッコイの小説、表面的なストーリーを楽しむだけではない、なにかが潜んでいて、それが妙に魅力的なのだけれど、それがなんなのかがいまいちはっきりしないので、単純に「面白かった」と言えないのがなんともはがゆい。
 また、本書にかぎって言えば、主人公と女性たちとのやりとりがあれこれと出てくるのだけれど、そのあたりの登場人物たちの心理の動きがいまいちわかりにくい。主人公がなにを考えているのか、相手の女性のことをどう思っているのか、そのあたりがどうもストレートに伝わって来ないのだ。
 あるいは、重大な事態に陥りつつあるのに、主人公がそれに無頓着なのも、いまいちピンとこない。主人公が自信過剰ということなのだろうか。
 つまりは、主人公の性格がどうもつかみにくいのだ。あるときは社会悪を許すことができずに怒りを燃やす熱血漢という一面を見せるのだけれど、別の場面では結婚相手の父親から金をむしり取ったり、あるいは非常に計画的な一面があるように見えながら、けっこう刹那的な行動をとってみたりと、どうにもすっきりしないキャラクターなのだ。
 そういうわけで、面白く読んだわりには、なにかしっくりこない違和感が残ってしまって、なにやらモヤモヤしてしまっているのである。

【映画】パイレーツ

 韓国映画『パイレーツ』を観る。
 明の皇帝から授かった「国璽」を国に運ぶ途中、使節船は巨大なクジラに襲われて大破し、国璽はクジラに飲み込まれてしまう(映像では飲み込まれたようには見えないのだけれど、あちこちにあるストーリー紹介では「飲み込まれた」とあるので、とりあえずそれに従っておきます)。かくして、国璽を取り戻すため、あるいは一攫千金を狙って、国王の使節、海賊、山賊が入り乱れての大騒動が勃発し、壮絶な死闘が繰り広げられることとなるのだった。
 予告編を観て「これは面白そう」と思ったのだけれど、実際になかなか面白かった。海賊はというと、もともとの頭目が部下をないがしろにする非道な人物で、それに反乱をおこしたヨウォル(ソン・イェジン)が部下たちを率いている。美貌の海賊というだけでなかなかそそる設定なのだけれど、アクションも頑張っていてかっこいいのだ。
 山賊はというと、もともと官軍に所属していたチャン・サジョン(キム・ナムギル)が率いているのだけれど、なにをやっても不運に襲われて、部下たちも「そろそろ俺たちも解散だよな」とか思っている。ところが、海にいるクジラとかいう魚を捕まえれば一生食べていける一発逆転が狙えるということで、クジラがどんなに巨大かも知らずに小舟で海に乗り出していく。この山賊たちがコミカルなパートを担当していて、官軍と海賊の争いに割って入るところがなかなか楽しい。
 海賊を率いるヨウォルを演じているのは、『私の頭の中の消しゴム』『愛の不時着』などのソン・イェジン。それほどアクションの得意そうな女優には見えないのだけれど、なかなか頑張っていた。コミカルな山賊の頭目を演じているのは、『非常宣言』『ザ・ガーディアン/守護者』などのキム・ナムギル。
 先日観たベトナムのアクション映画『ソード・ウォリアーズ 皇帝の剣闘士』も予告編につられて観たのだけれど、こうして予告編がきっかけとなって面白い映画に出会えたりもするので、予告編を信じるのって大事だな。もっとも、裏切られることも多いのだけれど。

【映画】ゴッド・ギャンブラー レジェンド

 チョウ・ユンファ主演の香港映画『ゴッド・ギャンブラー レジェンド』を観る。
 負けたことのない伝説のギャンブラー、ケン(チョウ・ユンファ)のもとに、大がかりなマネーロンダリングを行なっている国際的企業を摘発するための協力が依頼される。負けず嫌いなその企業の社長コー(ガオ・フー)を、ギャンブルで叩きのめして欲しいというのだ。そこで、マカオのカジノを舞台に、大勝負が繰り広げられることに。
 一方、その企業に潜入していた捜査官が手に入れた証拠の品は、ひょんなことからケンの娘レインボー(キミー・トン)のもとに転がり込んでくる。それを奪うべく、ケンの邸宅に襲いかかる一団。留守を頼まれていたケンの旧友の息子クール(ニコラス・ツェー)の奮闘にもかかわらず、レインボーが大怪我を負ってしまうのだが……。
 2014年の作品なのでもう10年前の作品になってしまうのだけれど、相変わらずバリー・ウォンバリー・ウォンなのだなと嬉しくなってしまう。実にもってバカバカしくも楽しい映画なのだ。
 そもそも、最初の『ゴッド・ギャンブラー(賭神)』はというと1989年の作品である。チョウ・ユンファ主演、バリー・ウォン監督によって世に送り出されて、香港で大ヒットした。すると、今度はチャウ・シンチー主演で『賭聖』が作られ、アンディ・ラウ主演で『賭侠』が作られ、あれやこれやが作られて、どれもこれもみんなくっだらないのだけれど、とっても楽しい映画たちだった。そして、1作目から25年がたって、そのテイストそのままに本作が作られているのである。いやあ、バリー・ウォン、相変わらずすぎて嬉しくなってしまうぞ。
 主演はチョウ・ユンファだけれど、年齢的にアクションがきつくなっているので、アクション担当としてニコラス・ツェーが出て、さらにお笑い担当でチャップマン・トウが出ている。香港警察の刑事役でマイケル・ウォンが出ているのも嬉しい。
 女優はキミー・トン、ミシェル・フー、ジン・ティエンと美人を揃えているのだけれど、いまいち個性が感じられなくて、次に観てもたぶんわからない。実際、ジン・ティエンは『スペシャルID 特殊身分』『ポリス・ストーリー/レジェンド』『キングコング:髑髏島の巨神』といった映画で観ているはずなんだけど、ぜんぜんわからなかったもんなあ。

【映画】ソード・ウォリアーズ 皇帝の剣闘士

 ベトナム発のアクション映画『ソード・ウォリアーズ 皇帝の剣闘士』を観る。英題は「Once Upon a Time in Vietnam」。なんとも不思議な映画だ。
 舞台となるのは、最終戦争後の荒廃した世界。かつて戦争で国が滅びかけたとき、戦士として国を守った僧侶たちがいた。彼らは戦争終結後も聖職には戻らず、皇帝の戦士として存続し続けた。彼らは鉄の掟によって縛られ、組織を裏切ったり、脱走した者には死が宣告された。
 ダオは、その皇帝軍にあって、脱走した者を探しだし、処刑する役目をになっていた。だが、今回彼が見つけ出したのは、かつての恋人のアンだった。9年前に組織を抜け出したアンは、いまでは小さな村でパン屋を営む夫とひとり息子とともに暮らしていた。ダオはアンを連れ戻そうとするが、この9年間が自分の人生でいちばん幸せな時間だったと言うアンに対して強く出られない。だがそこに、アンを処刑すべく皇帝軍の殺し屋が送り込まれてくるのだった。
 世界設定はちょっと『マッドマックス』っぽい。だが、それでいて中世風でもある。なにやら異世界ファンタジーのような雰囲気も漂っている。激しいアクション描写は香港映画っぽいが、『マトリックス』ぽくもある。敵対するふたりが道で距離をおいて対峙する場面などはまるで西部劇である。ラストシーンなどは、もろに『シェーン』だ。
 アクションは意外と見ごたえがあった。不思議な形をした剣でのバトルが中心となるが、ワイヤーワークもたっぷりとあり、しかもCGも多用している。なにより、俳優の身のこなしがきれいで、観ていて惚れ惚れとしてしまう。
 登場人物の内心を過剰に語らず、最小限の描写にとどめるどころか、必要な説明すら削りかねない演出も魅力的だ。なんども主人公にからむ村娘がいるのだけれど、彼女が何を考えているのか、まったく説明がない。なかなか魅力的な表情を見せる女優が演じていたのだけれど、彼女はいったいなんだったのだろう。
 監督・脚本・主演はハリウッドでも活躍しているベトナムアメリカ人のダスティン・グエン。
 アンを演じているのは、『CLASH クラッシュ』『ハイ・フォン: ママは元ギャング』『ザ・クリエイター/創造者』などのゴー・タイン・ヴァン。きりっとした気の強そうな美人で、しかもアクションがめちゃくちゃかっこいい。
 皇帝軍のロン将軍を演じているロジャー・ユアンは、『シャンハイ・ヌーン』『バレットモンク』『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』といった作品に出ている。
 というわけで、ベトナム映画といいながら、なかなか国際的に活躍しているメンバーがからんでいる作品で、国籍不明のなかなかに面白いアクション映画となっていた。

【映画】セリーナズ・ゴールド

 フィリピン映画『セリーナズ・ゴールド(Selina's Gold)』を観る。
 1942年。ルソン島北部の貧しい農村地帯。
 17才になるセリーナ(アンジェリ・カーン/Angeli Khang)は、借金をかかえた父親(ソリマン・クルーズ/Soliman Cruz)の手によって、土地の実力者であり金貸しでもあるティアゴ(ジェイ・マナロ/Jay Manalo)に売り飛ばされてしまう。セリーナはティアゴの性の奴隷となり、生き地獄へと落とされるのだが、次第に積極的になっていくセリーナによって、彼女の存在はティアゴの中で徐々に大きなものとなっていくのだった。
 一方、セリーナ同様、幼い頃にティアゴに売り飛ばされて奴隷のような扱いを受けてきた盲目の若者ドメンに同情したセリーナは、ティアゴの目を盗んでドメンに性の歓びを教えるのだが……。
 相も変わらずのビバフィルムのエロチック映画である。権力を持った最低の男を演じたらフィリピンいちのジェイ・マナロが、相変わらず憎々しいキャラクターを演じていて、アンジェリ・カーンがこの男に好き勝手にもてあそばれるシーンは、とことん嫌悪感しかない。それが、徐々にセリーナによって手玉にとられるようになっていくという展開が本作のキモなのだろうけれど、だからといって本作が面白くなるというほどでもない。ひとつだけ、ちょっとびっくりするどんでん返しが用意されていて、それがなければ本当に救いようのない映画としか言いようがない。ま、この手の女性が陵辱されるシーンを好むごくごく一部の層には支持される作品なのかもしれないけれど。
 あと謎なのが時代設定で、日本軍がルソン島北部にも徐々に押し寄せつつあるという設定がまったくもって生かされていない。突如としてズタボロになった日本兵が現れて、日本刀を抜いて「バカヤロー」と叫びながらドメンに襲いかかる場面があるのだけれど、この日本兵がなんでたったひとりでこの村に現れたのかは不明なまま。冒頭ではナレーションとして戦況が説明され、途中でも日本軍が近づきつつあるというラジオ放送が挟み込まれていたりするのだけれど、それがまるっきり生かされていない。これで最後に日本軍が押し寄せてきて、すべてが灰燼に帰すというような展開になれば、それなりにインパクトのある映画になっただろうとは思うのだけれど。
 主演のアンジェリ・カーンは、あどけないロリ顔と、過激なセックスシーンとの落差ゆえの人気か、ビバフィルムのエロチック映画にやたらと出まくっている。今までには『Mahjong Nights』『ヴァージンフォレスト 愛欲の奴隷(Virgin Forest)』『GIRL FRIDAY』といった作品を観ている。どれもエロチック映画なのだけれど、我ながらよく観ているな。
 ジェイ・マナロは、観るだけでうっとうしく思えてしまうほど濃い顔つきの男優で、とにかく権力をかさにきて女性をもてあそぶという役が多すぎる。正直、彼が出てくるというだけで、その映画を観る気力がなくなってしまうほど、ワンパターンの役ばかりを演じている。本人が望んでそういう役ばかりを演じているわけでもないのだろうけれど、完全にイメージが定着してしまっている。
 監督のマック・アレハンドレ(Mac Alejandre)は、ラモン・ボン・レビリア・ジュニア主演の『Ang panday』『Ang panday2』という大作を撮っていた監督でもあるのだけれど、最近はビバフィルムのエロティック映画を量産している監督となってしまっている。

【映画】Becky & Badette

 フィリピン映画『Becky & Badette』を観る。

 いつか歌手として成功することを夢みるベッキー(ユージン・ドミンゴ/Eugene Domingo)、映画スターとして成功することを夢みるバデット(ポクワン/Pokwang)。高校時代からの親友のふたりは、いまも夢を追いかけながら大企業の清掃係として働いている。だが、そんな夢が叶う日はとても来そうにはなかった。そんな彼女たちがいつも楽しんでいるのは、憧れの映画スタ-、ビルマ・サントスのビデオを観ながら、ビルマ・サントスになりきって映画のシーンを完璧に再現してみせることだった。
 ところがある日、同窓会に出席したふたりは、成功した同級生たちの中で自分たちだけが置いてけぼりになってしまったうっぷんからベロンベロンに酔っぱらってしまい、舞台の上にあがると演説を始めてしまう。だが、いつもの演技遊びのクセが出て、「自分たちは愛し合っている。レズビアンなの。同性愛者には優しくない世の中だけど、私たちは負けない」と、ついつい熱演してしまったのだった。
 ところが、その動画がSNSにアップされ、多くの人々に感動を与えてしまう。大ごとにならないうちに「あれはいたずらだった」と白状しようとするのだが、そこに有名なミュージシャンのアイス・セグエラ(Ice Seguerra)からベッキーに「ふたりの動画を見て感動した。君のために曲を作ったので、アルバム製作に参加してほしい」と電話が入ってしまう。大喜びしたところで、ふと素に戻って「でも、あれは嘘だったと白状しないと」と思い返すのだが、そこに映画監督のシーグリット・アンドレア・ベルナルド(Sigrid Andrea Bernardo)からバデットに「あなたの動画を見て感動したわ。こんど作るテレビシリーズでぜひとも主役を演じてほしいの」と電話がはいってしまい、いまさら嘘だとは言えず、ふたりして芸能界デビューを果たしてしまう。なんとなんと、ふたりは一瞬にして時の人となってしまったのだった。多くの同性愛者にカミングアウトする勇気を与える存在となってしまったのだった。
 かくして本当の姿を隠して芸能活動を続けるふたりだったが、高校時代にふたりで想いを寄せていたペペ(ロミニック・サルメンタ/Romnick Sarmenta)が登場してきたことで、レズビアンを演じるふたりの間に亀裂が生じてくるのだった……。

 監督は『ダイ・ビューティフル』『ゲームボーイ』のジュン・ロブレス・ラナ。同性愛者の立場から、同性愛を題材にした作品を数多く撮っているのだけれど、その作品は本作のようなコメディであったり、『ある理髪師の物語』『ブワカウ』『ダイ・ビューティフル』のようなシリアスなドラマであったり、あるいは『Haunted Mansion』のようなホラー映画であったりと、実に多岐にわたっている。本当に撮りたい映画を撮るために、営業成績の期待できる娯楽作品も撮っているというようなことを以前に語っていたが、本作は娯楽作品と割り切って撮った作品なのだろう。しかし、それであっても同性愛をめぐる問題をきちんと取り扱っているところが、ラナ監督らしいところだ。
 主演のユージン・ドミンゴとポクワンは、フィリピンのトップクラスのコメディエンヌで、ふたりで共演した作品も数多くある。ふたりともシリアスな映画もこなす芸達者な女優で、本作でもビルマ・サントスの主演映画のシーンを完璧に再現して見せたりして、芸達者ぶりを遺憾なく発揮している。
 ちなみに、ラナ監督が同じく2023年に撮った『Ten Little Mistresses』というコメディにも、ユージン・ドミンゴとポクワンのふたりは出ていたりもする。
 逆恨みからふたりに復讐を企む同級生にアゴット・イシドロ(Agot Isidro)、テレビコマーシャルの監督に『Kita kita』のエンポイ・マルケス(Empoy Marquez)、ふたりのマネージャー役に『The Boy Foretold by the Stars』のエイドリアン・リンダヤグ(Adrian Lindayag)、ふたりが清掃係をしている会社の社員にイーザ・カルザド(Iza Calzado)などが出ている。
 また、ミュージシャンのモイラ・デラ・トーレ(Moira Dela Torre)、アイス・セグエラ、映画監督のシーグリッド・アンドレア・ベルナルドが本人の役で出演もしていたりして、このあたりはラナ監督のお遊びなのだろう。
 エンディングでは、登場人物のその後が簡単に触れられているのだけれど、バデットはとうとう夢が叶って『When I Met You in Tokyo』でビルマ・サントスと共演したが、その出演シーンはすべてカットされていたのだった、というところで思わず笑ってしまった。『When I Met You in Tokyo』というのは昨年のメトロマニラ・フィルム・フェスティバルで上映された作品で、意外とロングラン上映が続いた作品だったのだけれど、ポクワンが本作に出ているという事実はなさそうだ。なお、本作も同じく昨年のメトロマニラ・フィルム・フェスティバルに公式エントリーしている作品なのである。

【映画】ビバリーヒルズ・コップ3

 エディ・マーフィ主演のビバリーヒルズ・コップ3』を観る。シリーズ3作目となって、だいぶ迷走している感は否めない。
 デトロイト警察の刑事アクセル・フォーリーは、自動車盗難組織を摘発するはずが、なぜかそこには武装した一団が先に来ていて、上司が撃たれて殉職してしまう。かすかな手がかりからまたしてもビバリーヒズルに乗り込むアクセルは、またしてもローズウッドを引っ張り出して犯人を追う。なんとこの犯人一味は、ワンダーワールドというディズニーランドのような巨大テーマパークの地下で、偽札を刷っていたのだった。おいおい、カリオストロ公国かよ! 上司の仇を追っていたら、大変なものを見つけてしまった。どーしよー。
 なんで偽札を刷るのに、遊園地の地下を使わなければいけないのかがまったく分からない。しかも、遊園地の警備を担当している人間は全員、犯人の一味なのだけれど、けっこう衆人環視の中で平然とアクセルを追いかけて発砲したりして、まったく自分たちの正体を隠そうとしていない。いいのか、それで。
 ラストに意外でもなんでもない犯人が、どうだ意外だろう!と言わんばかりに登場するのだけれど、こいつが怪しいのはとっくにバレてるしなあ。
 なんだろう。とにかく脚本が稚拙。遊園地を舞台に、お子様ランチのようにあれこれとアクションを展開すれば面白いだろうと言わんばかりの脚本で、観客を舐めているとしか思えない。
 なにを考えたのか、監督に起用されたのはジョン・ランディス! いやいや、それは違うだろう。このシリーズはコメディを売りにしてはいるけれど、基本は切れ味の鋭いアクション映画のはず。基本の刑事ドラマをないがしろにして、コメディ専門のジョン・ランディスを監督に起用してどうするのさ。結果、いかにもジョン・ランディスらしいお祭り騒ぎの展開されるコメディ映画ができあがってはいるのだけれど、このシリーズに求めているのはこういうテイストの映画じゃないからね。
 こうしてみると、1作目は本当に傑作だったんだよなあ。もし、監督を変えなかったら、1作目のテイストで続けることができたのだろうか? 考えても仕方のないことではあるのだけれど、なんとももったいないシリーズだ。