【映画】たとえ嵐が来ないとしても

 フィリピン映画『たとえ嵐が来ないとしても(Kun maupay man it panahon)』を観てきた。

 本作の予告篇を初めて観たとき、台風によって壊滅した街をさまようダニエル・パディリアとランス・リフォルの魂の抜けたような表情を見て、自分にとってこれはなんとしてでも観たい映画となった。2022年の大阪アジアン映画祭で上映されたとき、交通費、宿泊費を検討したのだけれど、1本の映画にかける費用としては自分の許容額を超えていて、断腸の思いで諦めた。いずれどこかで配信されるだろうからと期待したが、日本からアクセスできるサイトでの配信はついになかった。
 それがとうとう日本で劇場公開されることになった。関東での上映会場は渋谷のシアター・イメージフォーラムで、我が家からはいささか遠いけれど、大阪に行くのに比べれば遙かに近い。これは観に行かないわけにはいかない。しかも、初日には監督が登壇しての舞台挨拶もあるのだという。実は、初日には家の用事が入っていて、行くのはちょっと難しいかと思ったのだけれど、そこをなんとか調整して、公開初日の朝いちで渋谷に向かったのだった。
 久しぶりに来た渋谷の街はすっかり様変わりしていて、イメージフォーラムに向かうのに駅のどこから外に出ればいいのかすらわからずウロウロしてしまったが、なんとか無事に会場に到着。ネットで予約したチケットを発券して開場を待っていると、配給会社foggyの今井太郎さんが現れたので挨拶をさせていただく。以前からネットを通じて存じ上げていたのだけれど、実際にお会いするのは今回が初めて。少し話をさせていただくと、劇場の外に監督が来ているというので図々しくも外に出てサインをお願いする。例によって、映画のポスターをハガキサイズに印刷したポストカードをサイン用に用意してきていたのだ。徐々に徐々にフィリピン映画人のサインコレクションが増えてきているぞ。

 2013年11月、超大型台風ハイエンがフィリピンを襲い、かつてない規模の被害をフィリピンにもたらした。レイテ島北東部の港湾都市タクロバンも壊滅的な被害を受け、おびただしい死者と行方不明者が出た。生き延びた人々は行方不明となった家族を探して街をさまよい、さらに生き延びるために街をさまよった。そこに、さらに次の台風が襲いかかるという情報がもたらされる。
 台風を生き延びたミゲル(ダニエル・パディリア/Daniel Padilla)は、ガールフレンドのアンドレア(ランス・リフォル/Rans Rifol)がもたらした、軍が島を離れるための船を用意しているという情報を得て、母親のノーマ(チャロ・サントス・コンシオ/Charo Santos-Concio)と3人で港に向かう。だが、その途中でノーマが分かれた夫を探すと言いだしたために、いったん二手に分かれて行動することになる。だが、壊滅した街は混乱の中にあり、次の台風が迫っているのかどうかすら判然とせず、3人は混乱した街をさまよい回ることとなるのだった。

 このストーリーそのものは、ほぼほぼ想像していた通りのものだった。が、映画の語り口は、大きく想像からかけ離れたものだった。
 例えば、避難所に押し寄せた人々が突然、歌い踊りだし、避難所の屋根の上のライオンが吼えるというシーンがあるのだけれど、なぜ歌うのか、なぜライオンがいるのか、まったく意味がわからない。
 さんざんさまよい歩いたミゲルが水牛のひく小屋に遭遇して、そこで休憩をするという場面も実に唐突で意味がわからない。
 首を切った2羽のニワトリをカバンに入れていたのに、いつの間にか1羽になっていたというエピソードも意味がわからない。
 そういう意味のわかりにくい寓意的なシーンが続出するのだ。台風の被害という不条理かつリアルな世界を舞台にしながら、そういうシュールな場面が次々に登場してくるのだ。はたして、この場面に監督が託した意図はなんであろうかとあれこれ考えながらも、妙に心地よい不思議な感覚に我が身を委ねて映画を観続ける。
 アンドレアが浜辺で死にかけていた犬を介抱すると、犬が元気になって駆けていくという場面が出てくる。すると、人々はアンドレアが奇跡を起こした救世主であると崇めて、アンドレアを頭上にかかげて行進していく。おおっ、これはイシュマエル・ベルナール監督、ノラ・オノール主演の伝説的な映画『奇跡の女(HIMALA)』の再現ではないか。これは、知らない人には絶対にわからないシーンなので、もしかしたら他にもこういう自分にはわからないだけで、わかる人にはわかるというシーンが隠されているのかも知れない。

 ダニエル・パディリアはいまさら紹介の要もないほどのフィリピンのトップスター。これまではずっとキャスリン・ベルナルドとセットで映画に出演していたのだけれど、本作では単独で出演している。キャスリン・ベルナルドとはずっと恋愛関係にあったダニエルだが、昨年11月には正式に恋愛関係の終了を公表している。
 本作におけるダニエル・パディリアは、終始、呆然とした表情で、この混乱した世界をなんとしてでも生き抜くという意志の強さはかけらたりとも見せない。物語が始まるなり「もう疲れ果てた」と口にしているように、この理不尽な状況に闘いを挑む意欲はまったくない。ただただ状況に流されていくキャラクターなのだ。
 それに対してランス・リフォルの演じるアンドレアは逞しい。なんとしてでも生き抜こうという力強さがあり、そのためには非情にもなるし、ついには救世主として君臨するようにもなるのだ。
 このアンドレアを演じているランス・リフォルという女優が実に素晴らしく、本作中ではもっとも印象に残る。特に目に宿る力が素晴らしい。もともとはアイドルグループMNL48のメンバーだったとのこと。本作以降はテレビシリーズにしか出演していないようなのだけれど、彼女が出ている映画だったらぜひまた観たいと思わされる。
 そして、ノーマを演じているチャロ・サントス・コンシオはというと、これまたダニエル・パディリア以上の大物俳優なのだけれど、その大物俳優にこんなシーンを撮らせるのとびっくりするような場面があったりする。監督、本作が長編第1作にしては、大物俳優に対して大胆だな。
 最近の出演作は、ミハイル・レッド監督の『カトリックスクールの怪異(Eerie)』、ヴァイス・ガンダ主演の『The Mall, the Merrier!』、ラヴ・ディアス監督の『Isang salaysay ng karahasang Pilipino』など。

 監督のカルロ・フランシスコ・マナタッド(Carlo Francisco Manatad)は、長編映画は本作のみなのだけれど、実に数多くの娯楽作品のプロダクション・マネージャーや編集に携わってきた人物。自分が観てきた映画だとジュン・ラナ監督の『Ten Little Mistresses』、ドニー・パンギリナン&ベル・マリアーノ主演の『Love Is Color Blind』、ビバフィルムのセクシー映画『セリーナズ・ゴールド(Selina's Gold)』、アントワネット・ハダオネ監督の『ファンガール(Fan Girl)』などなど、とにかく多岐にわたる娯楽映画に関わってきている。これだけの実績があれば、いくらでも大手の映画会社で監督として手腕を発揮することもできたであろうが、おそらくは単なる娯楽映画ではなく、本作のような作品を撮りたかったのだろう。
 ちなみに本作の舞台となっているタクロバンは監督の出身地であり、実際にハイエン台風がタクロバンを襲った直後に家族を探して現地入りしているとのこと。さいわい、家族は無事だったとのことだが、その時の体験が本作の原点となっている。
 そして、本作ではタガログ語ではなくタクロバンで実際に使われているワライ語が使用されている。フィリピンのほとんどの人が理解できるタガログ語ではなく、敢えてワライ語を使ったところに監督のこだわりがあったのだろう。さいわい、ダニエル・パディリアは学生時代にタクロバンに住んでいたのでワライ語が話せたが、他の2人はワライ語が話せなかったとのことなので、きっとセリフには苦労したことだろう。

 

 

 上映終了後にカルロ・フランシスコ・マナタッド監督が登壇しての舞台挨拶と短時間ながらもQ&Aセッションの時間が設けられた。進行・通訳は配給会社foggyの今井太郎さん。

監督:本日は朝はやくから上映にお越しいただき、まことにありがとうございます。この作品を撮ってから3年たちますが、こうやって日本で上映できましたこと、たいへん光栄に思っております。

今井:2013年にハイエンという台風、史上最大の台風と呼ばれているのですが、それがフィリピンレイテ島のタクロバンを襲いました。当時、マナタッド監督はマニラに住んでいたのですが、監督自身がタクロバン出身で、台風直後に家族を探しにタクロバンに行って、その時の実体験をもとに作った作品となります。2014年頃から脚本を書き始めて、実際に撮影ができたのは2015年から2020年頃で、2021年のロカルノ映画祭で世界初上映されて、ジュニア・ジュライ・アワードという賞を受賞しております。彼は監督としては本作が初長編作品となるのですが、ふだんは映画の編集者として非常に有能で、たぶん東南アジアでいちばん人気のある編集者なのだと思います。いまはジョージアの映画の編集をしていて、今回はジョージアから昨日来てもらいました。これが終わると、またジョージアに戻るということです。
 今日は15分ぐらいしか時間がないので、できれば皆さんからのご質問とかお聞きしたいので、いまのうちに考えておいていただければと思います。

監督:この作品は私自身の実体験をもとに作った作品です。当時、マニラに住んでいたのですが、台風が来てタクロバンの家族と連絡がとれなくなったので、家族を探しに行きました。ニュースで大きな被害があったというのは見ていたので、家族が見つからないのではという覚悟をして行きました。その時にタクロバンで、家族を探しながらいろいろさまよい続けていたときの体験をベースに撮った作品となります。さいわい、自分の家族は全員無事に見つかりましたが、その時に見た被災者、生き残った人々の物語を描いたものとなります。
 ふだんフィリピン映画は、ほとんどがタガログ語で作られます。舞台となる地域が実際にはタガログ語を喋っていない場所であったとしても、タガログ語で撮影するというのが、フィリピン映画のお約束となっています。しかし、実際のできごとをベースとした物語なので、今回はタクロバンで使われている言語であるワライ語という方言を使って撮影しました。私自身がそのことにこだわって、プロデューサーを説得してワライ語で撮ることにしました。主演のダニエル・パディリアさんもタクロバン出身なので、彼がこの言語を使うことに問題はなかったのですが、他の2人の女優はわざわざその言語を勉強して、この映画のためにワライ語をしゃべってもらいました。

質問:全体的に不思議なシーンがいろいろありまして、前半で2羽殺したニワトリがいつのまにか1羽になって、次の瞬間にニワトリが走り回っているという絵があって、のちに犬を甦らせるという絵もあるのですが、それというのはあの女性が不思議な力を持っているという見方をしてよろしいのでしょうか?

監督:こういうたいへんな災害の時には、多くの人が家族を失ったりして、すがるものすらなにもないという状況に陥ってしまいます。そういった時に、宗教にすがるというのはよくあることで、実際にそういう場面を見てきました。フィリピンでは80%の人がカトリック教徒なんですけど、こういった奇跡のようなことがあれば、えてして人々はそれを信じてしまうものではないでしょうか。私自身は単なる偶然ではないかというように思ってはいたんですけど、実際に現地で見た多くの人はそういったことを信じていました。
 また、自分が好きな『奇跡の女(Himala)』というフィリピン映画に治癒力を持った主人公が出てくるのですけれど、この場面はそのオマージュともなっています。

質問:たいへん印象深い映画を見せていただきました。質問を2点お願いします。この映画には、この手のインデペンデント映画にはあまり出ることのないようなビッグスターが2人出ているのですが、どういういきさつでこの2人のスターの出演が実現したのでしょうか。あとスクリーンサイズですが、本作では横長のスクリーンサイズではなくスクエアのスクリーンサイズを採用されていたのですけれど、それはどういう理由からでしょうか。

監督:この作品には、フィリピンではもっとも有名なスターのダニエル・パディリアと、チャロ・サントスという名優が出ています。本作は企画開発に7年間かかっておりまして、私自身も初長編作品になるということでどういうキャスティングができるのか検討したのですが、スケジュールの問題などもあっていろいろと難しいものがありました。若い女性のアンドレア役に関しては、数ヶ月かけてキャスティングしました。新人というか、フレッシュな俳優にしようということでキャスティングしました。母親ノーマと主人公ミゲル役に関しては、プロデューサーが実現可能性はどうあれ“夢の配役”は誰なのかというようなことを聞いてきて、それもトライしてみようというので、タクロバン出身のダニエル・パディリアの名前をあげました。彼はトップスターなのだけれど、“夢の配役”と言われたので難しいと思いながらも名前をあげました。もうひとりの母親ノーマ役のチャロ・サントス、日本では『立ち去った女』というラヴ・ディアス監督の作品に出ているんですけれど、彼女は当時ABS-CBNというフィリピンでいちばん大きなテレビ局の社長を務めていて、しばらく演技はしていませんでした。しかし、自分は彼女の昔の作品を見て育ったので、彼女にも出てもらえたらと思って名前をあげました。無理だろうと思いつつ、半ばは冗談のつもりで2人に対してダメモトで脚本を送ってみたところOKがもらえて、出演してもらえたということになります。
 スクリーンのアスペクト比について、正方形とおっしゃいましたけれど、実際には「4:3」となります。これに関してはいろいろと議論をしました。いわゆるビスタサイズですとか、シネマスコープといった選択肢もありました。その方が広い被災地の状況とかをよりよく描くことができるかもしれません。しかし、私たちはそれよりも被災地から脱出しようとするキャラクターを描きたいということで、それには「4:3」というアスペクト比がいちばんいいのではないかという結論に辿り着いたということです。

監督:本日はお越しいただきまして、本当にありがとうございました。会場にはフィリピンの方もお越しいただいており、本当に感動しています。こうやって劇場で観ていただけるというのはじつにありがたいことと思っています。本当にありがとうございました。