【映画】PULA

 フィリピンを代表する映画監督、ブリランテ・メンドーサ監督の最新作『PULA』を観る。

 ダニエル(ココ・マルティン)はプラ村で警察官をしている。息子がふたりいて、妻マグダ(Julia Montes)のお腹の中には3人目の子どもがいた。だが、その3人目の子どもの父親は、マグダの不倫相手の警察署長(Alan Paule)であった。
 村のはずれで若い女性の遺体が発見される。15歳になるパトリシア(Christine Bermas)という少女であった。ダニエルは女性警官のラモナとともに現場に向かうと、現場検証を眺めている群衆の中に、なにやら不審な様子の女性がいた。実はその女性は殺人現場の目撃者であった。
 パシータという名前のその女性は、ラモナに犯人はダニエルであると告げる。ダニエルがその少女をレイプして殺害したというのだ。そして、現場に落ちていたダニエルのスマホを証拠として提出する。
 一方、妻の不倫相手が署長であることを知ったダニエルは、拳銃を手に警察署に乗り込んで行き、署にいた警察官たちを片端から射殺していく。ところが、そのダニエルの目の前に、パトリシアの亡霊が現れるのだった……。

 このところ、ビバフィルムによる低予算のエロティック映画などを撮っていて、いまいち精彩を欠いていたブリランテ・メンドーサだが、Netflixが出資する本作によって久しぶりに彼らしい作品が誕生した。手持ちカメラを多用し、ドキュメンタリータッチの映像で撮られているあたりは、いかにもメンドーサ作品という感じだ。観ていて「やたらと静かな映画だな」と思っていたら、ほとんど音楽を使っていないということに気がついた。音楽を使わないことで、なおさらにドキュメンタリーっぽい印象の作品となっている。
 とはいうものの、この作品でメンドーサが何を描きたかったのかは、いまいちよくわからなかった。
 映画は、あばら家でロサルという若い女性に取り憑いた悪霊を、地元の呪術師の老婆が祓うという場面で始まる。なんとか悪霊を祓った老婆は、家族にロサルはランドというボーイフレンドとすぐに結婚しないと悪霊を完全に追い祓うことはできないと告げる。
 この冒頭のシーンが、そのあとの展開にどう繋がっているのかが、まずわからなかった。老婆が悪霊を祓うシーンでは、片手に聖書を持ち、キリスト教の信仰がベースにある行為であることはよくわかる。そして、その後の展開でも、少女の葬儀の場面などで、やたらと「父と子と聖霊のみ名によって」という祈りの言葉が繰り返され、プラ村の住民が敬虔なカトリックであることが強調されているので、その繋がりということなのだろうか。正直、よくわからなかった。
 そして、ココ・マルティンのキャラクター設定もよくわからなかった。よき夫、よき父、よき警察官という印象だった彼が、どうして少女をレイプして殺害したのか、そのあたりの説明がまったくなかった。しかも、殺害したあとの少女を屍姦までしているのである。なにが原因でそのような行為に及んだのか。
 警察署に乗り込んで行ったダニエルは、なんの関係もない警察官たちを片端から射殺し、さらには警察署を出たあとでも目についた住民を片端から射殺していく。妻の不倫相手の署長を射殺するのは理解できても、なんの関係もない人間を片端から射殺していく場面は、ドキュメンタリータッチであるだけに、なかなかショッキングな映像ではあるものの、なぜそこまでの行為に及んだのかがわからない。妻の不倫が判明し、さらには殺人がばれそうになって自暴自棄になったということなのかもしれないが、いまいち説得力がない。

 主役のココ・マルティンは、2015年から2022年にわたって1676話にも及ぶ「Ang probinsyano」という刑事ドラマに出演していて、本作での警察官の出で立ちはそれを想起させる。ずっと正義の味方を演じてきたココ・マルティンだけに、本作での狂気じみたキャラクターはフィリピンの観衆にはショッキングかもしれない。
 なお、ココ・マルティンとブリランテ・メンドーサの関係は2005年の『Masahista』というゲイのセックスワーカーを題材とした作品にまで遡る。その後も2006年の『Kaleldo』、2007年の『フォスター・チャイルド(Foster Child)』『Tirador』、2008年の『サービス(Serbis)』、2009年の『キナタイ(Kinatay)』といったメンドーサ作品に、ココ・マルティンは出続けていた。『フォスター・チャイルド』などは、クレジットにも名前の出ないトライシクルの運転手という、ほんのチョイ役に過ぎなかったが、売れっ子になるまで、こうした作品に出続けていたのである。

 ちなみに、タイトルの『PULA』とは「赤」という意味で、ラストシーンで川に流れる水が赤く染まっていくシーンに繋がっていくのだろうけれど、この川の水が赤くなるという象徴的な場面が意味するものも、いまいちよくわからなかった。
 2022年にメンドーサが撮った『BAHAY NA PULA(赤い家)』というホラー映画は、非常にオーソドックスなホラー映画でわかりにくい要素など皆無だったのに。