【映画】マイネーム・イズ・ハーン

 シャー・ルク・カーン主演のインド映画『マイネーム・イズ・ハーン』を観る。
 アスペルガー症候群を患うイスラム教徒のハーン。母の死後、弟が暮らすアメリカへと移住し、そこで出会ったヒンドゥ教徒のシングルマザー、マンディラと出会い恋に落ちる。病気のために、うまく自己表現のできないハーンだが、彼の一途な性格を見抜いたマンディラは彼と結婚し、幸せな家庭を築く。だが、9.11事件が発生し、アメリカにおけるイスラム教徒の立場は非常に苦しいものとなってしまう。そして、ついにはとりかえしのつかない悲劇が発生してしまう。結婚して「ハーン」という名前に変わらなければ、このような悲劇は起きなかったのに! 激情にかられたマンディラはハーンに別れを告げ、もし戻りたかったら「アメリカ大統領に向かって、私の名前はハーン。だけど、テロリストじゃないって言ってきてよ!」と叫んでしまう。
 家を出たハーンは、アメリカ大統領に会うために、愛する者を取り戻すために、アメリカを横断する旅に出るのだった。
 主演のハーンを演じるのはシャー・ルク・カーン、相手役のマンディラを演じるのはカージョル。『シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦』『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』といった名作でも共演している黄金のコンビだ。しかも、監督は『家族の四季 -愛すれど遠く離れて-』『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』のカラン・ジョーハル。これで期待しなければ嘘というもの。
 そして、期待は十分以上に満たされた。とても素晴らしい作品だったのだ。
 シャー・ルク・カーンはアスペルガー症候群という非常に難しい設定なので、最初のうちは感情移入がとても難しい。正直、身の回りにいたらイライラさせられるだろうなと思ってしまう。カージョルにしても、よくあんな相手と結婚したなと最初は思ってしまう。だけれど、奇矯な行動の底にある彼の真実の姿をしっかり認めて結婚したのだなと、最後には納得させられてしまう。最初のうちはぜんぜんかっこいいと思わなかったシャー・ルクなのに、次第にかっこいいと思えてくる。
 脚本もお見事。母親は幼い彼に生きていく上でとても大切なことを辛抱強く教えていく。これが、後半で生きてくるのだ。インド映画は、こういった伏線の張り方がとても上手で、感心させられてしまう。アメリカを旅していく途中のさまざまなエピソードも、あとでしっかり活きてくる。
 そして、実に意外なことに、シャー・ルク・カーン&カージョル主演でありながら、豪華絢爛に歌い踊るシーンはなし。アスペルガー症候群の主人公という設定でどうやって歌い踊るのだろうか、このキャラクターで歌い踊ったりしたらキャラクター設定が台無しになってしまうぞと不安になったりしたのだが、ジョーハル監督、豪華絢爛なダンスシーンはしっかり封印しているのである。ふたりが結婚するシーンでインド映画らしい楽しい歌と踊りのシーンはあるものの、そこはしっかりと主人公の設定に寄り添ったダンスとなっている。そして、黒人の集う教会でのゴスペルが響き渡るシーンがあるのだけれど、これが実に感動的に使われていて、きらびやかなダンスシーンばかりがインド映画ではないという底力の素晴らしさを見せつけてくれている。ここぞというところで、がっつりと観る者の魂を揺さぶり、泣かせてくれるのだ。
 このところ、『RRR』のようなやたらと派手なインド映画ばかりを観ているような気がするのだけれど、こういう脚本のしっかりした人間ドラマももっともっと観ていきたいと思ってしまった。162分という長尺をまったく感じさせない作品でした。