★メアリー・コム

 女性ボクサーを主人公としたインド映画『メアリー・コム』を観る。

 ミャンマーとの国境沿いに位置するマニプールの貧しい農家の少女がボクシングと出会い、ボクシングに惚れ込んで、やがて才能を開花させる。だが、昔気質の父親は娘が格闘技をするなどということを認めることができない。「父をとるのか、ボクシングをとるのか」と詰め寄る父に対し、追い詰められた娘は「ボクシング」と答える。
 父の反対を振り切ってボクシングにのめり込み、やがて世界選手権での優勝を手にするのだが、結婚して双子を産むことでボクシングから離れてしまう。そのことに怒ったコーチは彼女の元をはなれてしまうのだが、どうしてもボクシングを諦めることができず、夫の勧めもあってとうとうボクシングに復帰する。そして、再び世界選手権に挑むのだが……。

 インド映画で女性を主人公にした格闘技ものとしては、レスリングを題材とした『ダンガル きっと、つよくなる』という傑作があった。これは実に素晴らしい映画なので、未見の人にはぜひともお勧めしたい。そして、ボクシングを題材とした映画には『ファイナル・ラウンド』という作品があった。これがインド版『あしたのジョー』ともいうべき映画で、実に実に燃える映画だった。
 そして、今日観た『メアリー・コム』はというと、インドの実在の女性ボクサーを題材とした作品なのである。その実在のメアリー・コムについて、Wikipediaの記載を要約するとこんな感じ。
・2000年に17歳でボクシングを始め、いきなり州選手権で優勝。
・2001年、第1回女子世界選手権にライトフライ級で出場して銀メダルを獲得。
・2002年、モスキート級に転級し、世界選手権で優勝。
・2005年、2006年、2008年、2010年も世界選手権で優勝して5連覇を達成。
・2010年、アジア選手権4連覇達成。
・2012年、ロンドンオリンピックに出場して銅メダル獲得。
・2021年、東京オリンピックにも出場するが、2回戦で敗退。
 なんともはや、素晴らしい実績の持ち主ではありませんか。そして、映画の『メアリー・コム』はというと2014年の作品なので、モデルとなった本人がまだ現役である間に作られた映画なのである。

 本作は、おそらくはほぼほぼ実話に沿った脚本なのだろう。モデルとなった人物がまだ現役でボクシングをやっているのに、めちゃくちゃ盛ったストーリーにするわけにもいかないだろう。そのためもあって、正直言うとドラマの盛り上がりには乏しい。それでいて、ボクシング協会の不敗なんかを正面きって弾劾していたりするのだけれど、大丈夫なんだろうか? もっとも、『ダンガル きっと、つよくなる』あたりでも、レスリング協会の女性選手に対するセクハラとかは当たり前のように描かれていたので、このあたりは当時問題となっていたのかもしれない。
 そういうわけで、ドラマ的にはやや地味な映画なのだけれど、それでも1時間59分を一気に観させられてしまう。試合のシーンがけっこうあるのだけれど、それもなかなか見ごたえがあって、まったく飽きさせないのだ。主演のプリヤンカー・チョープラーは、撮影前にけっこうトレーニングを積んで撮影に臨んだとのことなのだけれど、さすがにボクシングシーンでのパンチには説得力がなく、演出でなんとかカバーしているという感じではあるのだけれど、それでも試合のシーンは盛り上がる。復帰のためのトレーニングシーンの描写なんかは、この手の映画のお約束のシーンではあるのだけれど、なかなか頑張っている。
 なお、プリヤンカー・チョープラーとメアリー・コム本人が腕立て伏せ対決をするという動画がYouTubeにあったのだけれど、これを観るとふたりの背の高さがぜんぜん違う。これだけ体格が違うと、ボクシングのクラスがぜんぜん違うと思うのだけれど、もう少し体格の近い選手にしようということは考えなかったのかな。また、日本でこの手の映画を作るときには、モデルに似ている役者を使って、メーキャップなどで可能な限り近い顔にしようとするものだけれど、モンゴル系の顔立ちのメアリー・コムと超美形のプリヤンカー・チョープラーではまったく似ているところがない。これまた、似ている役者を使おうという発想がなかったようで、そのあたりのお国柄みたいなものがうかがえて、ちょっと面白い。
 ちなみに、プリヤンカー・チョープラーの主な出演作は『DON -過去を消された男-(2006)』『闇の帝王DON 〜ベルリン強奪作戦〜(2011)』『バルフィ! 人生に唄えば(2012)』『クリッシュ(2012)』『ベイウォッチ(2017)』など。
 監督は、オムング・コマールという方だそうだ。
 上映時間は1時間59分。インド映画としては、めちゃくちゃ短い。こんな短いインド映画って初めてかもしれない。そして、インド映画なのに、賑やかに派手に歌い踊るシーンがない。作品のタイプによってはダンスシーンのないインド映画もけっこうあったりもするのだけれど、ちょっと寂しい気がしないでもない。
 あと、エンドクレジットを見ていたら、そこにディレクター・フォトグラファーとしてケイコ・ナカハラという日本人の名前があった。調べてみると、インド映画界でただひとり外国人女性カメラマンとして活躍している中原圭子という方だそうだ。世の中には、実にいろいろな人がいるものだ。