【映画】A Very Good Girl

 フィリピン映画『A Very Good Girl(2023)』を観る。

 小売業界の大物、モリー・スザーラ(ドリー・デ・レオン/Dolly De Leon)の前に、フィロと名乗るイタリア帰りの謎めいた女性(キャスリン・ベルナルド/Kathryn Bernardo)が現れる。フィロは瞬く間にモリーに取り入ると、モリーのまわりにいる取り巻きをひとりまたひとりと排除していく。実はフィロは、かつてはモリーのもとで働いていた女性だった。だが、ささいなことでクビを言い渡され、慈悲を求めて駆け付けたフィロの母親はモリーの目の前で車にはねられてしまう。それを残酷にも見捨てたモリーに復讐するために、フィロは彼女の前に現れたのだった。
 徐々にモリーを孤立化させていき、自分だけがモリーの支えとなるように仕組んでいくフィロ。そのたくらみは、あと少しで成就するはずだったのだが……。

 いやあ、凄かった。なにが凄いといって、主演女優ふたりの演技の激突が迫力いっぱいなのだ。ふたりの顔がアップになるシーンが多いのだけれど、その時の目の演技に圧倒される。このところ、演技派として開眼したキャスリン・ベルナルドではあるけれど、ここまでとは思っていなかった。
 キャスリン・ベルナルド。2003年に7才で子役でデビューし、2011年にテレビシリーズ『Growing Up』で共演したダニエル・パディリアとラブチームを組むようになる。その後は、ふたりセットでキャスニールと呼ばれて、数多くの名作に出演するようになる。ずっとダニエル・パディリアとの共演が続いていたが、2018年の『Three Words to Forever』で久しぶりに単独主演し、2019年の『Hello, Love, Goodbye』ではフィリピン映画の興収記録を大きく塗り替える大ヒットを飛ばす。その後はしばらく映画出演がなく、ダニエル・パディリアと共演したテレビシリーズが続き、本作が4年ぶりの映画出演となる。もともとはアイドル系の作品が多かった女優なのだが、ヒットメーカー、キャシー・ガルシア・モリーナ監督と組んだ何本かの作品で演技に開眼し、いまではすっかり演技派女優となっている。
 ドリー・デ・レオン。1991年にホラーオムニバス映画の『Shake Rattle & Roll III』のほんのちょい役で映画デビューしたあと、いわゆるその他大勢ともいうべき役を演じ続ける一方で、演劇にも進出するが、いっこうに花開くことなく、ウェイトレス、レジ係などさまざまな仕事で糊口を凌ぐ時期が長く続いた。ようやく彼女の名前が知られるようになったのは、2011年のジェラルド・タホグ監督の『Aswang』で、ここから徐々に印象に残る脇役を数多く演じるようになる。ラヴ・ディアス監督の『Ang hupa(2019)』『Historya ni Ha(2021)』に出演するなど順調にキャリアを重ね、さらにはカンヌでパルムドールを受賞した2022年の『逆転のトライアングル』(Triangle of Sadness)で世界的に評価されるようになる。2023年には本作の他に『Keys to the Heart』など全部で5本の映画に出ている。
 このふたりの演技合戦が本作の最大の見どころなのだ。冷酷非情な実業家でありながら、フィロを実の娘のように可愛がるようになるモリー。怨みを押し隠してモリーを心から慕うふりをするフィロ。だが、モリーは本当にフィロに心を許しているのか? モリーに真情を吐露されたフィロは、復讐心が溶けかけているのではないだろうか? その微妙な心情が、すべてふたりの目の演技にこめられているのだ。
 他に、エンジェル・アキノ、ドナ・カリアガ、カオリ・オイヌマ、チエンナ・フィロメノなどが共演者に名を連ねているが、青春映画の明るいキャラクターしか見たことのないカオリ・オイヌマがまったく異なるイメージで登場してきたのには驚かされた。

 フィリピンではその年を代表するような作品は、だいたいクリスマスシーズンに上映される。ところが本作は9月27日に上映が始まり、そのままロングラン上映に突入。さらには、アメリカをはじめとして、香港、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、UAEなどでも公開された。政治的理由によってテレビ放送のライセンスを剥奪されたスターシネマだが、フィリピン人が多く暮らす海外エリアをもターゲットとする新たな戦略を本作で取り入れてきたということらしい。日本での上映がなかったのは、なんとも残念な限りだが。
 また、本作はNetflixでも配信されており、フィリピン国内では配信が始まるなりトップを独走という状況だったようだ。これまた残念なことに、日本のNetflixでの配信はないのだけれど。

 監督は2016年にボーイズラブを題材とした『2 Cool 2 Be 4gotten』で本格的にデビューし、その後テレビシリーズ『Hello, Stranger』(これまたボーイズラブ)などを撮ったあと、2022年にいまフィリピンでもっとも人気のあるベラ・マリアノ&ドニー・パンギリナンを主役に迎えた『An Inconvenient Love』を経て、2023年に本作を監督している。