【映画】KEYS TO THE HEART

 フィリピン映画『KEYS TO THE HEART』を観た。

 落ちぶれた中年ボクサーのジョマ(ザンジョー・マルード/Zanjoe Marudo)は、ライセンスを剥奪され、スパーリングの仕事も失い、いまではチラシ配りでかろうじて生計をたてていた。彼は、子どもの頃に家族に暴力をふるう父親によって母親から引き離されたのだが、母親に見捨てられたと思いこみ、そのことをずっと怨みに思い続けていた。夫に子どもを奪われたシルヴィア(ドリー・デ・レオン/Dolly De Leon)は、夫が亡くなったあとでジョマを探したのだけれど、すでにジョマは行方をくらましたため、見つけることができずにいたのだけれど。
 その後再婚したシルヴィアは、今はジェイジェイ(イライジャ・カンラス/Elijah Canlas)という知的障害を持った息子とふたりで暮らしていた。そのジェイジェイには、一度聴いた曲をピアノでみごとに弾きこなすことができるというきわめて優れた才能があり、彼が世話になっている施設のスタッフからピアノのコンテストを受けるようにと薦められていた。
 そんなときに、シルヴィアはジョマを見つけ出し、住む場所すら失ったジョマに家に来るようにと提案する。最初のうちは母への怨みから拒絶するジョマだったが、他に行く場所もなく、やむなく母親の家に転がり込むようになる。そして、問題を抱えた義理の弟と一緒に暮らすようになるのだが……。

 韓国映画『それだけが、僕の世界』のリメイクである。相変わらず韓国映画界はオリジナリティのある作品を生み出し続け、世界中にコンテンツを提供しているらしい。韓国の『それだけが、僕の世界』は観ていないのだけれど、本作を観れば号泣ものの作品であろうことは容易に想像がつく。そう、本作もめちゃくちゃ泣けてくる作品なのだ。
 なにしろ、家族の情愛を描くことに世界でいちばん力を入れているフィリピン映画である、この題材で泣かせないわけがない。長いこと別れて暮らしていた息子の許しを求める母、母の愛を知らずに育った息子、そのふたりの和解のドラマで泣かせないわけがない。

 主役のジョマを演じているのは、『My Illegal Wife』『Kusina Kings』といったコメディから、『The Third Party』といったシリアス、『Maria Leonora Teresa』といったホラーまで、なんでもこいのベテラン、ザンジョー・マルード。本作の演技も、フィリピンのいくつもの映画評サイトで高く評価されている。韓国版ではイ・ビョンホンが演じている役なので、ザンジョー・マルードとしても挑みがいがあったのではないだろうか。
 そして、知的障害を持ちながら天才的なピアニストという難しい役に挑戦しているのは、『ゲームボーイズ』のイライジャ・カンラス。本作の撮影にあたっては、ピアノ教師のもとで特訓を受けたり、自閉症の人たちと一緒に過ごしたりしたとのこと。『ゲームボーイズ』の時のなんとも可愛らしい男の子という役柄とは一変して、微妙な演技を要求される難しい役柄をしっかりとこなしている。もっとも、ピアノの演奏シーンで音と指とがずれていたりするのはご愛敬ということで許してしまおう。
 しかし、そのふたり以上に印象に残る演技をみせてくれているのが母親のシルヴィアを演じているドリー・デ・レオンだ。彼女の存在なくしては、本作の感動はなかったと言い切ってしまおう。いやもう、泣かされました。
 他に、ジェイジェイの才能に気がついて彼をサポートする美貌の元ピアニスト、アネットを演じているのが2023年ミス・ユニバース・フィリピンのミシェル・ディー(Michelle Dee)。また、ジェイジェイにいつも寄り添ってくれている友人のアップルを演じているのが、本作がまだ3作目のアルテア・ピンソン(Althea Pinzon)。ふたりとも非常に好感度の高い印象の女優さんで、要注目だ。

 製作スタッフの中には、リアリティ・エンターテインメントのエリック・マッティ、ロナルド・ドンドン・モンテヴェルデの名前があるのでリアリティ・エンターテインメントの作品なのかと思ったら、リアリティMMスタジオスとなっている。どうやら、リアリティ・エンターテインメントはリアリティMMスタジオスと名称を変更しているらしい。
 監督のケルウィン・ゴー(Kerwin Go)は、過去に撮った監督作は『Eskrimadors(2010年)』『Mina-anud(2019年)』の2本のみで、23年間で3本と非常に寡作な監督である。それよりも撮影監督としての仕事の方が多いのだけれど、それでもたいした本数の仕事はしていない。リアリティMMスタジオスのホームページを見ると、所属する監督の中にこのケルウィン・ゴーの名前があり、それによると旅行番組やテレビコマーシャルなどを撮っているらしい。

 ちなみに、本作のラストシーンは韓国版とは異なっているとのこと。ちょっとできすぎのラストシーンだけれど、悪くはない。韓国版だと、どういうラストシーンになっているのだろうか?

※この作品、苦労して英語字幕で観たのだけれど、いつの間にか日本のNetflixでも配信が始まっていた。だったら、日本語字幕で観たのに(涙)