【読書】森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』中央公論新社

 森見登美彦シャーロック・ホームズの凱旋』中央公論新社を読了。
 なんとも奇妙な小説である。なにしろ、あのシャーロック・ホームズが登場する小説でありながら、舞台はいつもの森見登美彦作品同様、京都なのだから。ロンドンに住むホームズが京都へやってきたというわけではない。ここで描かれる京都は、ホームズが、ワトソンが、レストレード警部が、モリアーティ教授が、ハドソン夫人が暮らす架空の京都なのである。ホームズの事務所は寺町通221Bにあり、京都警視庁には「スコットランドヤード」とフリガナがふられ、ガス灯が照らす石畳を辻馬車が行き交い、テムズ川ならぬ鴨川が流れ、その畔には時計塔(ビッグベン)が聳えているという京都なのだ。
 その京都で暮らすホームズはスランプに陥っていて、まるで事件を解決することができないでいた。ホームズの事務所には、同じくスランプに陥ったモリアーティ教授とレストレード警部が居着いて、日がな一日スランプの謎に挑むといっては、ダラダラとした時間を過ごしているのである。
 ホームズが事件を解決しないことには、ホームズ譚の新作を書くことのできないワトソンは、なんとかホームズを復活させようとするのだが……。
 そこから物語はどんどんとんでもない方向へと転がっていく。その奇妙さはさすがは森見登美彦なのだけれど、いつもの森見登美彦とはまったくことなり、実に端正な文章によって物語が紡がれていく。森見登美彦のいつもの文体ではなく、コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズの文体によって描かれていくのだ。そのため、読んでいる間は森見登美彦の小説を読んでいるということを忘れ、コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズの新作を読んでいる気分になってしまう。
 まさに怪作というべき作品なのだけれど、怪作と呼ぶにはあまりにも気品ある仕上がりに脱帽させられる。