
ゾラン・ジヴコヴィチ『作家・幽霊作家』盛林堂ミステリアス文庫を読了。
1998年に書かれた短篇「作家」と、2009年に書かれた中編「幽霊作家」の2編を収録。ちなみに、「作家」のサブタイトルは「書くことの暗闇についての、章区切りのないとても短い長編小説」とあり、「訳者あとがき」では、「作家」は「とても短い長編小説」、「幽霊作家」は「短い長編」と書かれていて、単に作品の長さだけで言えば「短篇」「中編」というべきなのだろうけれど、どうも作品の長短だけではない意味で「長編小説」という言葉を使っている気配がある。
盛林堂ミステリアス文庫によるゾラン・ジヴコヴィチ・ファンタスチカも本書で6冊目となる。いままで読んだ5冊は、どれも非常に読みやすく難解なところはほとんどなかったのだけれど、今回の「作家」はいささか読みにくく、読み終えたあとも「いったい何を読んだのだろうか?」という印象が強かった。
一方の「幽霊作家」の方は、執筆に行き詰まった小説家のもとにあとからあとから悩ましいメールが飛び込んできて、それに返事を出しても出しても状況が混沌としていく1日を描いていて、こちらは非常に読みやすく、かつわかりやすい。飛び込んでくるメールの内容がそれぞれに不条理な要求であったりするのだけれど、どれだけ丁寧な返事を出しても、そのメールの内容を理解してもらえずにどんどん悩ましくなっていく展開が繰り返される。それがどんどんヒートアップしていく状況がおかしいのだけれど、これってSNSでわけのわからない人間から絡まれるのと一緒じゃんと、途中から身につまされてしまった。
気になったのは、自分の愛犬を題材にした小説を書いてほしいというメールに、長編小説を書くという返事を出していないのに「長編小説を書くことを快諾してくださった」と感謝されるくだり。「“長編小説”を書くなどとは言っていないぞ、自分はあくまでも“物語”を書くと言っているではないか」と主人公が困惑するところで、どうやら「物語」という言葉が「短編小説」という意味で使われているらしい。原語でどうなっているのかはわからないけれど、「物語」という日本語だと必ずしも「短篇」という意味にはならないので、ここがちょっとわかりにくく、違和感があった。とはいうものの、作品の長さだけでいえば「短篇」に過ぎない「作家」が「とても短い長編小説」となる著者のことなので、長編・短篇の意味するところが通常と違っているのかもしれない。ちなみに、訳者の三門優祐氏によると「このお話自体が「いなくなってしまったペットに捧げる物語=短い長編」であるというのが、もしかすると作者なりのアンサーなのかもしれませんね。(「物語」という言葉は長短とは関係なく本作も短いけれど、長編は長編ですよ~、と)」とのこと。
いずれにしても、こうしていままで未知であった作家の小説が、出版専業ではない古本屋からコンスタントに出続けるというのは、実に凄いことではないだろうか。今後もこうした奇妙な小説が出続けるのかと思うと、楽しみでならない。