【映画】Espantaho

 フィリピンのホラー映画『Espantaho』を観る。

 肺がんで闘病していた年老いたパブロが亡くなり、その葬儀が始まる。葬儀は9日間続き、その9日間、毎日祈りが捧げられる。
 葬儀を取り仕切っているのは娘のモネット(ジュディ・アン・サントス)で、その傍らには常に母のローサ(ロルナ・トレンティーノ)がいた。
 その夜、モネットの夢に不気味な姿となったパブロが現れ「あいつを家の中に入れるな!」と叫ぶ。だが……。
 モネットには夫のジャック(ジェイシー・サントス)と息子のキースがいたが、ジャックは仕事のためにしばらく家を留守にしなければならなかった。ジャックが出かけたあと、ジャックがしまい忘れたとおぼしき大きな絵が残されていて、モネットたちはその絵を家の中の壁にかける。それは、畑の中に立つ真っ赤な案山子の不気味な絵だった。
 家には使用人のヘンリーと家政婦のフリーダ(ドナ・キャリアガ)がいた。葬儀の2日目の夜、そのヘンリーの部屋に無数のバッタが押し寄せる。恐怖に襲われるヘンリー。だが、そこに鎌を持った案山子の化け物が現れてヘンリーを切り裂き、ヘンリーの姿が消え失せる。あとに残されたのは床に散らばる藁だけ。そして、壁に掛けられた絵の中に、一瞬だけヘンリーの姿が現れたかと思うと、すぐに消え去ったのだった。
 3日目。パブロの法律上の妻であるアデル(チャンダ・ロメロ)が、息子のロイ(モン・コンフィアード)と娘のアンディ(ジャニス・デ・ベレン)を連れて屋敷にやってくる。ローサはパブロの正式の妻ではなかったのだ。妻がいることを隠してローサを家に連れてきたパブロは、アデルとローサの同居を強いたのだが、我慢しきれなかったアデルは子どもたちを連れて家を出ていたのだった。屋敷と広大な農場の法律上の権利を持つアデルは、パブロに対する怨みのために、それを売却するためにやってきたのだ。
 鑑定士を呼び寄せて土地の見積もりをさせるアデル。そこに、空を埋め尽くす無数のバッタが現れ、アデルたちに襲いかかる。あやうく車の中に逃げ込むモネットたちは、呆然とバッタの群れを見つめるのだった。
 ロイとアンディは父の最期を看取った腹違いの妹であるモネットに同情的だったのだが、復讐に取り憑かれたアデルは子どもたちの言うことを聞こうとはしなかった。そしてその夜、ロイの部屋の天井から無数のヒルがロイに襲いかかり、またしても鎌を振りかざした案山子が現れてロイを餌食にする。部屋の床には藁が残され、やはり絵の中に一瞬だけロイの姿が現れるのだった。
 次に犠牲になったのはアンディだった。屋敷にやってきてから肌に異常をきたしていたアンディだったが、そのただれた皮膚から無数のウジ虫がわき出してきて、またしても案山子の化け物の犠牲となる。パブロの葬儀のために祈りを捧げていたモネットたちは、アンディの悲鳴を聞いて駆けつけるのだが、そこにはやはり床に散らばる藁が残されていただけだった。
 なにか不可思議なことが起きていると直感したモネットは、霊能者のジョージア(ユージン・ドミンゴ)を招く。ジョージアは家の中を調べ、壁にかけられた不気味な絵に特殊な粉を振りかける。すると、そこに無数の亡霊の姿が浮かび上がってくるのだった。絵に閉じ込められていたのは、ヘンリーたちだけではなかったのだ。自分の手に負えないと悟ったジョージアは、家から逃げ出してしまう。
 その絵のことを調べるために、アデルは美術史を専門とするかつての同僚を訪ね、その絵の鑑定を依頼する。結果、絵を描いたのはマダンバという画家であるということが判明する。マダンバは農村を題材とした絵を得意としていたのだが、あるとき、年の離れた若い女性に恋をする。ところが、その女性に逃げられてから画題は徐々に邪悪なものへと変貌していったのだった。若い女性を十字架に縛り付けて案山子の格好をさせて、自分の血で案山子の絵を描いたのだ。そして、マダンバが惚れられて逃げ出した若い女性というのが、モネットの母のローサだったということが判明する。
 モネットたちの家に飾られた絵について、さらに不思議な過去が判明していく。かつてその絵を所有していた人間が、つぎつぎに姿を消していたのだ。そして、その絵の最後の所有者を紹介する新聞記事の写真の片隅に映っているのは、モネットの夫のジャックだった! なぜ、ジャックの姿がそこに?
 モネットたちがマダンバの絵の説明を受けている間に、屋敷では案山子の亡霊が幼いキースに襲いかかろうとしていた。だが、ジャックに与えられたお守りによってキースは守られ、その代わりに家政婦のフリーダが犠牲となってしまう。
 そして……。

 いやあ、興奮した。脚本がよく出来ているのだ。脚本を担当したのは、『浄化槽の貴婦人』『Sukob』『I Do Bidoo Bidoo』などの才人、クリス・マルティネス。
 そして、監督が『Feng Shui』『T2』『Etiquette for Mistresses』『The Ghost Bride』などのチト・S・ロニョ。多彩な作品を撮っている監督だけれど、ホラー映画を撮っているときにとりわけその才能を発揮しているように思われる。観る者を怖がらせる演出が実にお見事なのだ。
 本作では、繰り返し繰り返し鳥肌が立つ思いをさせられた。若き日のローサが呪われた絵に関係していたということが明らかになるあたりで鳥肌が立ち、その絵の最後の持ち主の写真にジャックが写り込んでいる場面でも鳥肌が立ち、なによりかにより、上のストーリー紹介では敢えて触れなかった『シックス・センス』を想起させる設定には鳥肌が立ちまくってしまった。いやあ、これには心が震えた。『シックス・センス』を初めて観た時には、観おえるなり最初から早送りでチェックしたものだけれど、本作も同じで、頭から確認したくなるとんでもない設定があったのだ。
 主演のジュディ・アン・サントスは『ミンダナオ(Mindanao)』『Ang dalawang Mrs. Reyes』などで美人だなあと思っていたのだけれど、本作ではその美しさを抑えているという印象を受けた。ちょっと生活に疲れた雰囲気が、本作にはよく似合っている。
 モネットの母ローサを演じているのは、ベテラン女優のロルナ・トレンティーノ。本作ではずっと怒りを抑えたような無表情の場面が続いているが、それにはとんでもない理由があったのだ。
 ロイを演じているモン・コンフィアードは、強面のキャラクターの多い演技派の男優なのだけれど、本作では母親に抵抗してモネットを擁護する好感の持てる役柄を演じている。それなのに、無数のヒルに襲われて死んでしまうだなんて!
 でも、ヒルに襲われたり、バッタに襲われたりするのはまだましで、ジャニス・デ・ベレン演じるアンディなんて、体中からウジ虫がわき出して死んでしまうんだから悲惨だ。
 あと、びっくりしたのが霊能者として名コメディエンヌとして知られるユージン・ドミンゴが登場してきていること。こんなちょい役で映画に出るような俳優ではないのだけれど、オープンクレジットでは「ゲスト出演」と表記されている。さりげない役だけれど、こういう俳優の起用が映画を引き締めている。
 なお、葬儀が何日間にもわたって執り行われるというのは、日本人としてはやや違和感があるかもしれないが、ジュン・ロブレス・ラナ監督の『ダイ・ビューティフル』を観たことがある方なら雰囲気が伝わるのではないだろうか。通夜にあたる「WAKE」という儀式が3日から1週間程度、長い場合は1ヶ月も続くこともあるのだそうだ。家族や親族が遠方や海外から集まるのを待つためや、故人を偲ぶ時間を大切にする文化によるものとのこと。そして、本作では画面に大きく「1」「2」と葬儀の何日目であるかを示す数字が映し出され、はたしてその最終日の「9」では何がおきるのだろうかという不安をかき立ててくれる演出がなされている。
 ちなみに、タイトルの「Espantaho」は「案山子」という意味なのだけれど、同時に「驚かせるもの」「怖がらせるもの」という意味も持っているとのこと。
 とにかく興奮させられた。久しぶりに鳥肌が立ちまくるホラー映画に出会えることができた。今年になって観たフィリピン映画のベストが本作と言ってしまおう。こういう映画が大好きなのだよ。