樋口明雄『愛と名誉のためでなく』光文社文庫を読了。
著者の代表作となっている「南アルプス山岳救助隊K-9」の最新刊で、今回は8つの物語を収録した短篇集となっている。短篇であっても、それぞれ腰を据えてじっくり味わって読める良篇が並んでいる。かつては北岳から首都圏に向けてミサイルを撃ち込もうとするテロリストと闘ったり、火山の大噴火に巻き込まれて奮闘してみたりと、冒険小説の王道を行く派手な物語もあった本シリーズだが、本作ではもっと山岳救助隊の日常に近い物語が並んでいる。雪崩で人が亡くなったり、元自衛隊の特殊作戦隊員が北岳で強盗を繰り返したりというできごとが日常に近いというのもおかしなものだけれど、山岳救助隊員がふだん扱っている事件というのは、こういうものなのかなという印象を受ける。解説の西上心太氏が「普段着のような物語」と書いていて、「まさにそれ!」と思ってしまった。そして、そういう「普段着のような物語」で、きっちり読ませる作品を並べてみせるところに、著者の小説家としての成熟を感じさせる作品集となっている。これから、まだまだいい作品を書いてくれるということを確信させてくれる1冊といっていいだろう。
シリーズ作品なので途中から読むことを躊躇する人もいるかもしれないけれど、とりあえず本作に手を出してみてほしい。