【読書】丸山正樹『龍の耳を君に』創元推理文庫

 丸山正樹『龍の耳を君に』創元推理文庫を読了。
 前に読んだ手話通訳士を主人公にした『デフ・ヴォイス』の続篇。「弁護側の証人」「風の記憶」「龍の耳を君に」の3話からなる連作短編集。3話を通じて主人公の荒井が一緒に暮らしているみゆきとの揺れ動く関係、みゆきの娘の美和、美和のクラスメートで場面緘黙症という障害を持つ英知とのやりとりなどが描かれていて、それぞれで描かれる事件と、そうした家族の物語の両方を楽しむことができる。
 だけど、みゆきとの関係がいろいろとしんどい。はたして、このまま一緒に暮らしていけるのだろうかと心配になってしまう。
 このシリーズの最大の特徴は、いままで自分とはまったく接点のなかった手話の世界を題材としていることで、読めば読むほど「自分はここまで手話について無知であったのか! ろう者の方たちについて無知であったのか!」と驚かされる。本当に知らないことばかりなのだ。そして、解説に「ろう者や手話の知識のあつかい方がとても真摯で熱いのだ。」とあるように、著者のまっすぐな姿勢が実に好ましい。
 読んでいてふと思ったのは、このシリーズ、ミステリである必要はあるのだろうか、ということ。ミステリという要素がなくても、充分に読み応えのある作品であるように思われるのは、自分がミステリファンではないせいだろうか。犯罪という要素にこだわらずに、手話通訳士をめぐるさまざまなトラブルを描くだけでも、自分にとっては充分に面白い読み物になるような気がしてならない。たぶん著者はミステリであるということに強いこだわりを持っているのだろうし、大多数の読者はミステリファンなのだろうけれど。
 このシリーズは現時点では、あと『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』の2冊が出ているらしい。いずれ、そちらも読んでみよう。その続篇では、幸せな家庭を築けているといいのだけれど。